第88話 その名はヤマト
折から吹き始めた強風により、煽られた炎が引火し、幌が徐々に剥がれていく。
車輪の付いた台座の上に鎧を着た巨人とでも言うべき物体が仰向けの姿で寝かされていた。
まるで岩肌を思わせる質感を伴う外骨格に頭、胴、腕、脛が覆われており、その姿は戦に赴く戦士といった趣が感じられる。
ただ、甲冑というにはどことなく洗練されておらず、武骨で粗削りな物だ。
洗練された騎士には程遠い。
かといって、雑兵には見えない。
その出で立ちはあまりに古臭く、洗練されていない。
火の粉の激しく舞い散る中、巨人に近付く小さな影が一つ。
紫に染められた水着を着たタチアナだった。
巨人の胸部付近にようやく、たどり着いた彼女の指を伝って、生命に彩られた赤い液体が滴り落ちた時、不思議なことが起こった。
「……や……まと? やまと?」
タチアナが脳内に囁くように聞こえた単語を呟いた瞬間、巨人の胸部が左右に開き、触手のような奇妙な器官が出現した。
何かを探るような動きをしていた触手は驚いたままの表情で固まっているタチアナを見つけるとその身を絡め取り、有無を言わさず胸部の中に取り込んでしまった。
🦁 🦁 🦁
「魚、鼠ときて、今度は蛇人間か。やれやれだね」
背中合わせになっているレオが冗談めかして、呟きます。
ですが、それではいざという時に困るのです。
一対多数での捌き方を学ぶ実地体験にいいのではないかしら?
ただ、これは私の算定ミスですわね。
想定した以上に敵が多く、面倒ですわ。
蛇人間は混沌に属する邪悪な魔物の一種です。
人間と同じように直立二足歩行が可能で細かな作業に耐える器用な手と強靭な足を備えた亜人タイプです。
蛇人間という名が示す通り、頭部は蛇に良く似ており、全身が鱗に覆われていたり、尾が生えていたりするのですけど、それ以上に厄介な特質があります。
異常なまでに強力な再生能力。
手足を飛ばされ、内臓が損傷し、首が飛んでも核が無事である限り、元通りに戻れる厄介な力です。
このせいで戦闘能力自体はさして、高くないのに苦戦……はしていませんけど、面倒ですわ。
「ねえ、リーナ。出来るかな?」
レオがレーヴァティンを抜くと刀身に雷を纏わせ始めました。
なるほど、そういうことですのね。
分かりましたわ。
闇の魔法陣を頭上に展開させて、カウントダウンを待ちます。
「ええ。三秒後に飛ばしますわ」
魔法陣から、半円状の闇の刃が無数に出現し、四方を取り囲む蛇人間の首を切り落としていきます。
手筈どおりですわ。
「一、二、三……
凄まじい血飛沫を上げながらも彼らは歩みを止めようとはしません。
核が無事だから、回復するんですもの。
でも、残念ながら、そうはさせませんのよ?
レオがレーヴァティンに纏わせた雷の魔力が解き放たれ、光で構成された数多の矢が彼らに降り注ぎます。
その様子はまるで光り輝く雨が降っているかのようでどことなく幻想的ですら、あります。
とてもきれいなのですけど、降り注ぐ先は的確に蛇人間の切断面を狙っているのです。
当たれば、死ぬほど痛い黄金色の雨。
存分に味わうといいのですわ。
隠されていた核を撃ち抜かれた蛇人間はようやく、その歩みを止め、微動だもしなくなると黒い瘴気となって、霧散しました。
「完全に私の手落ちですわ」
「リーナにしては珍しいね」
「ターニャが心配ですわね。え? あれは何ですの?」
渦巻く炎がまるで巨大な生き物が天を飲み込もうと口を開き、舌を伸ばしているかのように天を焦がしていました。
あちらの方にターニャがいるはず……。
ゆっくりと目をやると信じられない物が視界に入りました。
遠目でもすぐに分かるほど、巨大な人型のモノが立っています。
木々よりも頭一つ分以上大きく見えますから、十メートルくらいあるのかしら?
「ロボット……かな?アースガルドにロボットってあったっけ?」
「ひゃっ、レオ!?」
そして、なぜか、お姫様抱っこされています。
不意打ちでしたから、つい変な声が出てしまいました。
レオが抱き抱えた方が動きやすいのは分かります。
とても合理的な理由だと分かるのですけど、何となく納得出来ないのです。
ええ、嬉しいですのよ?
ただ、何か違う気がしますの。
どうせ、お姫様抱っこをされるのなら、麗らかな午後にお洒落な通りでデートをしていて、さりげなく……妄想するのは自由ですわね。
振り落とされないようにしっかりと抱き付いているだけ。
妄想は単なる妄想であって、これは必要な行為に過ぎないのに胸のドキドキが止まりません。
レオの心臓もドキドキいっているようですけど、これは走っているせいかしら?
私を抱き抱えて、走っているんですもの。
鼓動が早くなってもおかしくないですわ。
「レオもドキド……あれって」
「え? ああ。あの大きいのって、埴輪みたいだね。加勢出来るかな、あれ」
『抱き付かれるとドキドキしますの?』と聞こうとして、聞けませんでした。
出かかった言葉を途中で飲み込むと思った以上に辛いのですわね。
心に靄がかかったようでもどかしくて、晴らしたいと望んでしまう。
でも、答えは聞かなくても分かった気がするのです。
動きが止まっても互いの胸の高鳴りは止まってないんですもの。
さて、どうしたものかしら?
状況が判断可能な距離に近付くと異常さを肌で感じられますわね。
大きな甲冑お化けだけではなく、それを取り囲む敵生体と思しき奇怪なモノどもからも感じる妙な気配に心がざわつきます。
しかもあの埴輪もどきから、強く感じるのはターニャの魔力なのですけど……大丈夫なのかしら?
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