第3章 戦火のオルレーヌ王国

第86話 俺は逃げも隠れもしない

「敵襲! 敵襲!」


 半鐘がけたたましく鳴らされ、場が騒然とした空気に包まれる中、湾曲した刀身を持つ大きな剣に土台を切り裂かれ、櫓がなすすべもなく、倒壊していく。

 砦を守る分厚く守っていた城壁はいとも簡単に崩され、土煙の中から出現したのは人間を遥かに見下ろす巨大な金属で覆われた甲冑のお化けである。

 その姿は砂漠の砦を壊滅させたものに良く似ていた。

 後にサオシュヤントの名で知られることになる甲冑お化けは全体がモノトーン調に統一され、濃い目の灰色といった色調だったが今回、出現したお化けの色調はかなり異なるようだ。

 映えるような純白を基調としながら胴体や肩などは深い海を思わせる濃い紺色で統一されていた。


「弱い、弱すぎる。否、断じて否。貴様らは強くなくてはいけない」


 甲冑お化けが武器を握っていない左腕を水平に突き出すと上腕を覆う篭手の装甲板が変わり始め、やがて鋭く尖った鋭利な錐のような形状へと変化する。


「貴様らはそうでなくてはいけない!」


 少年の叫びにも似た掛け声とともに錐と化した左腕が伸び、対峙している武装兵を次々と血祭りに上げていく。

 ある者は手足をもぎ取られ、ある者は頭を穿たれ、ある者は背骨を断たれ、見るも無残な光景が繰り広げられていった。

 しかし、辺り一面が血みどろの凄惨という訳でもない。

 大地に転がる命無き者達の骸はそのまま、黒い瘴気となって、消えていくからだ。


「俺は逃げも隠れもしない。俺はここにいるぞ、ザッハーク!」


 どういう原理で伸びているのか、分からない甲冑お化けの左腕はのたうち回る蛇のように伸び、錐状の先端がそのまま大地に潜り、壁に大穴を開け、櫓や番所を次々と破壊し尽くしていく。


 その日、オルレーヌ王国の南端、国境沿いに存在した砦が消失した。

 川べりに建てられ、その姿が川面に美しく映ることで知られる堅固な城郭の砦だ。

 およそ四百年前、初代女王アデライドにより築かれた由緒正しき古城は理念を失い、その姿を消したのである。


 🦊 🦊 🦊


 レオとオーカスが集めてくれた魔物の部位が予想以上に多かったのと私とレオの提出したドラゴンの鱗(レオはマラクから、私はヘイグロトから、好意で譲ってもらったのです。決して、脅したりはしていませんのよ?)が決定打となりました。

 こうして、真紅の夜明けクリムゾン・ドーンは晴れて、Cランクとなったのです。

 レオの魔装も見つかった以上、リジュボーで為すべきことは終わりました。

 当初の計画通り、一路オルレーヌへと向かう時が来たのです。


「馬車の旅って、結構、きついんだね」

「そうですわね。私が帝都から、アルフィンへの旅に使ったのはアインシュヴァルト家の馬車でしたけど身体的にかなり、辛かったですわ」

「そうですねぇ。あの旅は辛かったですねぇ」


 アンは遠い目をして、現実逃避することで乗り越えるようとしているのかしら?

 この馬車、魔導の家であるアインシュヴァルトの馬車に比べたら、乗り心地の悪さを比べるべくもありませんもの。

 早々に飽きて、私の膝を枕にしたニールが安らかな寝息を立てていられるのが不思議なくらいに揺れてますわ。

 オーカスも死んだ魚のような目をしているのでもしかしたら、乗り物酔いの可能性がありますわね。

 私とレオはなるべく目立たないようにフードを目深に被り、地味に見える装束を身に付けています。

 髪と目に特徴があるというのも考えものですわ。


 そうそう、一路と申しましたが、オルレーヌ王国にすんなりと入国出来る状況にありません。

 元々、オルレーヌ王国は鎖国と呼ばれる閉鎖的で入国監査の厳しいことで知られていた国。

 この一週間でその傾向がさらに強まったそうですわ。


 冒険者という身分で気軽な旅のまま、入国するのは難しいと判断しました。

 そこで考えたのが合法的に商取引を行っている隊商の護衛として、同行するというもの。

 幸いなことに冒険者としてのランクがCに上昇し、実力のあるパーティーと公的に認められたことがいい方向に影響したようです。

 潜り込む先は案外、簡単に見つかったのです。


「この隊商……レオはどう感じます?」

「普通ではない……かな」

「そうよね。私もそう思いますもの。特にアレ」

「ああ。アレね。確かに怪しいね」


 レオが視線を向けた先には何重にも幌を掛けられ、十頭以上の馬に引かれて運ばれる巨大な物体があります。

 アレは一体、何かしら?

 生物的な命の光は感じませんから、巨大な生き物を運んでいるのではないということは分かるのです。

 それなのに何かしら、生物の力のような物が感じられるのが不思議ですわね。

 あのように妙な物を運んでいて、国境を無事に越えられるのかしら?


 抱いていた微かな不安は杞憂に終わらなかったのです。

 レオに優しく肩を抱かれ、彼に身を預けながら……

 『転移が使えないですわ。城に戻れてもこちらに戻れないもの。それに人目もありますし……今日も無理かしら?』などと身悶えしつつ、考えていた私は知る由も無かったのです。

 その夜、世にも厄介な事件に巻き込まれることになろうとは……。

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