第83話 第2章エピローグ①オデンセの雪解け

「本当に申し訳ありませんでした……」


 心に作用する暗黒魔法の効力が切れ、正気に戻ったヘイグロトは見ているこちらが気の毒になるほど、平身低頭して詫びてきました。

 精神魔法の効いている間に原因は取り除いておきましたから、もう大丈夫でしょう。

 しかし、赤でも黒でもなく、黄でもないとはね。

 そう……桃でしたのね。

 あれは確か、愛欲を司るモノだったかしら?

 愛を知らないがゆえにつけこまれた、と考えて間違いないですわ。


「あたしはもうこの山から出ません。人にも近付きません。背負った罪を許してもらえる日までここで祈り続けます」

「それにどういう意味がありますの?」

「は、はえ?」


 好きになってしまった人をひたすら追い求めて、荒れ狂う姿はまるで過去の自分を見ているようで心が痛みますわね。

 それでもヘイグロトは『自らが竜であるから』と諦めようとしています。

 だから、心に隙が出来てしまったのでしょう。

 まず、人であろうが人でなかろうが関係ないのです。

 互いに想い合う気持ちが確かなものであれば、それが真実なのです。

 それでいいのではないかしら?


 それに彼女は休眠期間にあって、知らなかったのでしょう。

 人間の男を愛した竜王ティアマトがいたことを。

 竜と人の間に生まれた子フレデリクがいたことを。

 そのことを教えてあげましたら、ヘイグロトは呆けたように目を丸くしたまま、凍ったように暫く、動かなくなりました。


「じゃあ、あたしは……あたしはどうしたら」

「好きなように生きれば、いいのですわ」

「好きなように……はい」


 彼女は花が咲くように頬を緩ませました。

 その様子はとても愛らしくて、もういっそのこと、娘として持ち帰りたいくらいの思いですわ。

 でも、我慢しましょう。

 代わりに彼女の為にちょっとだけ、祝福を与えたいと思いますの。


 🐉 🐉 🐉


 オデンセの山を中心に広範囲にかけられた『凍結の呪い』はヘイグロトによって、解呪されました。

 とはいえ、元々冷涼な土地柄であったからでしょう。

 山頂付近にはまだ、白い化粧が施されたままですわね。


「ヘギー、君のお陰で村は救われた」

「いいえ、カイ。あたしは何もしてなんて、いないし」


 ヘイグロトはヘギーと呼ばれ、恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を浮かべています。

 元々、色白なだけに真っ赤になって、分かりやすい子ね。

 元気いっぱいで力の有り余った子供たちが『わーい、遊ぼー』と二人を取り囲んでいて、この村に平穏が戻ったことが良く分かります。

 ええ。

 少しばかりの祝福を与えただけなのです。


 『悪い魔物が聖なる山に呪いをかけて、村が凍り付いてしまいました。

 そんな時、聖なる山を守っていた優しい竜が聖女となって、村の為に戦ったのです。

 こうして、悪い魔物は倒され、村は聖女となった竜といつまでも仲良く暮らすのでした。

 めでたしめでたし』


 事実、ヘイグロトは村を害してはいないのです。

 あくまで誰も傷つかないようにそのままの形で凍らせていただけ……。

 幼い少女の恋する気持ちが暴走してしまったのでしょう。

 互いを労わるように眩い笑顔を向け合うヘイグロトとカイさまの様子を見ているとこれで良かったのだと思いますもの。


 🦊 🦊 🦊


「お嬢さま、本当にこれでいいんですかぁ?」

「ええ、ハッピーエンドでしょう? もっと捻りのあった方が良かったかしら?」

「ハッピーがいいよー。村どっかーんはダーメ」

「そうね。どっかーんはいけないですわね」

「うん。ニール、もうしなーいよ」


 満面の笑みを浮かべるニールはとても、可愛らしいのですけれど、この子、過去に色々としているのよね……。

 私を探して、冥府からアースガルドに降臨したのはいいものの頼る者がおらず、例の赤い鼠に唆されていたんですから。

 強い力を持っていてもそれを正しく振るう知識と経験がなかったのです。

 でも、こうして、共に生きていけるのですから、正していけるはずですわ。


「ふふっ。これで私の……力がまた、上がりましたのよ」


 ヘイグロトとの間に魂の連鎖ソウル・リンクが成されました。

 氷の属性はさらに強まり、ヘイグロトも本来は使えない力を行使出来るようになったのです。

 互いに良き関係と言うべきですわね。


 これだけ高まった力であれば、この世界を一面の銀世界にするのも容易いことでしょう。

 私やヘイグロトには過ごしやすいのでしょうけど、迷惑ですわね。

 レオもあまり寒いと嫌がるかしら?

 『寒いから、もっとくっつこうよ』って、いつも以上に燃え上がるのではなくって?

 あぁ、レオに早く会いたいですわ。


「うふふふっ」

「お嬢さま、心の闇なる声が漏れてますよぉ」

「ふぇ?」


 の時の私は知る由もなかったのです。

 レオが森で相対した竜の持つ力を吸収したことも。

 そのせいであんな目に遭うことも。

 何も知らなかったのです。

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