第72話 何ですの、この本屋さん!?
レオとオーカスは連れ立って歩いています。
仲の良い兄弟と見えなくもないかしら?
レオは十二歳という年齢の割に筋肉質で引き締まった体つきをしているのです。
しなやかそうな筋肉は触り心地も良くて。
最近、急に背が伸び始めたんですもの。
もう少しで背が追い越されますわね。
レオの後姿を見ているだけでも高鳴る鼓動に心臓が悲鳴を上げそうですわ。
沈まって、心臓。
ん? 何ですの?
アンがたまに可哀想なものを見るような視線を投げかけてくるのですけど。
何か、顔についているのかしら?
🌙 🌙 🌙
リジュボーの目抜き通りは大勢の人が行き交い、喧騒に塗れたこの通りを見るだけでこの町が如何に繁栄しているのか、良く分かりました。
天然の石が規則正しく、敷き詰められた石畳の通りは見ているだけでも楽しめる、とても美しいものです。
アルフィンにも取り入れたいですわ。
色とりどりの看板を掲げた屋台が軒を連ね、売り子さんの威勢のいい掛け声はとても賑やかで街の華やかさに色を副えているようです。
アルフィンは徐々に復興の兆しを見せ始めていますが、まだまだ人口は少ないですから、ここまでの賑わいは見られませんものね。
唯一、勝っている点は人だけではなく、魔物と呼ばれている存在であっても権利を保障されていることかしら?
「ねぇ、アン。二人が食べているアレ、何ですの?」
屋台で購入した尖った棒に刺してある何かをモキュモキュと食べているレオの姿を見て、なぜか興味を惹かれたのでアンに尋ねてみました。
アンは本では学べないこともたくさん知っているんですもの。
「あれは串に刺した鶏肉のようですねぇ。香ばしいスパイスの利いたタレがたまらなく美味しいんですよぉ」
「じゅるり」
ニールの半開きになった口から、涎がだらっと垂れ、地面を濡らします。
淑女としてあってはならないのですけど。
彼女にはまだ、そういうレディーの教育を施していません。
あまり堅苦しい生き方をして欲しくないと願うのは親の身勝手なのかしら?
「アン。ニールの分を買ってきて欲しいの。あなたも食べたければ、好きなだけ買ってかまわないわ」
🌙 🌙 🌙
好きなだけ買っていいと言ったのはどこの何方かしら?
私ですわね!
五分前の私に言っておくべきでしたわ。
好きなだけ買ってはいけない。
必要なだけ買うべき、そう言わなくてはいけなかったのでしょう。
「マーマ。これ美味しー」
両手いっぱいに鶏肉の刺さった串を持ったニールが満面の笑みを浮かべながら、串ごとバリバリと噛み砕いています。
あれだけ、食器ごと食べてはいけないと言い聞かせてあってもこれですもの。
アンも黙々と口に串を運んでいるようですから、好物だったのかしら?
私?
物を食べながら、歩くだなんて、そんなはしたない真似が出来ると思いまして?
「お嬢さま、タレが付いておりますよぉ」
🌙 🌙 🌙
モキュモキュと食べ終わったレオとオーカスは目抜き通りに繋がる裏路地へと足を進めたのです。
目抜き通りが太陽の光が燦燦と降り注ぐ、華やかな光であるとすれば、こちらは影とでも言うのかしら?
行きかう人々の装束も鮮やかな色彩をしており、見ているだけでも楽しめるファッションショーのような印象を受けましたけど、あれはあくまで表向きの姿だったと言うことなのでしょう。
一本裏へ入っただけで人通りが少なくなりましたし、見受けられる人々の姿も地味で実用的な装束に身を包んだものへと変わっています。
ただ、彼らの顔に浮かぶ色は絶望や失望といった負の感情ではなく、希望に満ち溢れた力強い生命力を感じさせるものでした。
あらあら?
そんな人々の様子に気を取られている隙に二人が怪しいお店へと入っていきましたわ。
「何のお店なのかしら?」
「お嬢さま。確認してきますのでお待ちくださいねぇ」
口の端にタレをたくさん付けたニールの顔をハンカチできれいにしているとアンが戻ってきました。
慌てている様子は見られませんから、いかがわしいお店ではないのでしょう。
「どうやら、本屋のようですよぉ」
「ニール。はい、きれいになったわ。ええ? 本屋さんですの? それなら、怪しくはないですわね」
「いいえ、それが……大人向けの本屋のようですよぉ」
「え? 大人向け? どういうことですの?」
大人向けって、何ですの?
少々過激なロマンス小説?
それとも私が想像出来ないようなもっと過激な本なのかしら。
ん?
ちょっと待ってくださいな。
大人の店なのにレオ達はどうやって、入店しましたの?
まさか……?
「レオったら、魔眼を使ったのかしら」
考えられるのは私と同じ魔眼を使った軽い魅了・催眠ですわね。
軽く使うだけなら、心を壊さないでしょうから、問題はないのですけど乱用はいけないと思いますのよ?
そこまでして、その本屋さんに見たい物があるのかしら。
「お嬢さま。入るんですか?」
「その為にここまで来たんですのよ? アン、あなたはここでニールと待っていて欲しいの」
「大丈夫……ですか?」
無言で頷き、二人を残し、フードを目深に被ってから、本屋さんの扉を潜ります。
さすがは大人の本屋さんですわ。
入ってすぐにチェックする係の人がいるなんて!
私には意味がないですけども。
魔力を循環させると紅玉色の瞳が熱を帯びて、魔眼となって作用します。
心を自由に操ることも出来ますし、記憶を探ることも出来ます。
だから、使い方を誤ると相手の心を壊す可能性があるのです。
レオにはちょっとしたお仕置きしないといけないかしら?
「はい、どうぞ。お通り下さい」
ね、簡単でしょう?
レオも恐らく、この手を使って、入ったとみて、間違いありませんわね。
店内はさほど広いということもなく、普通の本屋さんという印象しか受けません。
賑わいを見せるほど、人の姿もなく、とても静かですわ。
照明が薄暗いから、ややいかがわしい雰囲気を醸し出しているのが気になるところかしら?
『一体、何の本を扱っているのかしら?』と気になって、目についた棚に陳列してる一冊の本の表紙を見て、固まってしまいました。
「何ですの、この本屋さん!?」
表紙に描かれていたのは一糸纏わぬ姿を惜しげもなく晒す、陽光のように煌めく金髪に空色の瞳の美しい女性が艶めかしいポーズを取ったものだったからです。
しかも私と違って、胸が……とても大きいですわね。
そして、派手な赤文字で『意中の相手と甘い一時を過ごす十のテクニック』などと書かれています。
刺激的な物を目にしたせいでドキドキする心臓を押さえながら、狭い店内を見渡して、ようやく二人を見つけました。
「……はもうちょ……そうした……パ……出来そうなんだよ」
「そ、それ……良……デス」
何の話をしているのかしら?
距離があるので二人の会話が途切れ途切れにしか、聞こえないので良く分かりません。
レオが手にしている本には先程見た女性の絵のように煽情的なポーズの艶めかしい姿の女性が描かれているみたい。
やはり、胸は私よりも大きくて、きれいなのです。
もしかしたら、アンと同じくらいあるかしら……。
微妙に乙女心が傷つきましたわ。
目を凝らして、よく観察すると女性の胸は何かを挟み込んでいるようで…レオはそれを見て、頬を赤らめながら、オーカス相手に何か、喋っているのです。
「リ……ちょっ……来ると思うんだ。一回、……みたか……リ。リーナの……気持ち……さ」
んー? 本当、何を喋っているのかしら?
私が関係あるみたいで気になって、仕方がありません。
「さっきから、私で何か、企んでますのね?」
気付いた時には両手でレオの襟首を締め上げている自分がいました。
やってしまいましたわ。
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