第71話 あの二人が外出したら、尾行しましょう

 抱き潰された翌日はお休みの日なのです。

 これは家族における暗黙の了解ルールになっていて、私が寝込んでいても多めに見てくれます。

 ニールとオーカスは夜の間に何か、あって具合が悪くなっているとまでは理解してません。

 それでいいのですけど。


 この休日にレオは食事の世話から、何まで全てをしてくれるので彼の頼りがいのある優しさに甘えるしか、出来ません。

 でも、良く考えると私が動けなくなっているのは彼が無体を働いたせいでもあるのです。

 罪滅ぼしも含まれていると考えると少々、複雑なところですわ。

 もう少し、彼が抑えてくれたら、毎日愛されるのも悪くないと思ってますの。

 毎日、愛されるのは多いのかしら?

 分からないですわ。

 ただ、こうも考えるのです。

 一日おきにたくさん注がれる。

 毎日、適量を注がれる。

 どちらの方が確率が高いのかしら?


 しかし、横になって答えが出ない思考の海に沈むのはあまりにも不毛ですし、暇ですわ。

 ニールの役に立つであろう絵本を読み聞かせしたり、アンに腰を指圧してもらったり。

 もっと有意義に日中を過ごすべきですわね。

 アンとニールが傍にいる時はレオが気を利かせて、女性陣だけで過ごせるようにしてくれるのです。

 その間に普段は出来ない相談をしているのは秘密ですのよ?


「お嬢さま、肩と腰がバッキバッキですけど、一体ナニをされたら、こんなになるんです?」

「夜の運動がちょっと激しいだけですわ」


 滅茶苦茶にそのナニをされたせいだからですけど。

 ニールがいますし、あまり刺激的な話をする訳にはいきません。

 夜の運動が具体的にどういうことかなんて、口に出せませんもの。

 はぐらかして、誤魔化しておかないと情操教育によろしくないと思いますわ。


「それでね、アン。レオはどこであの……ああいう知識を得ているのかしら?」

「ああいうって、何ですぅ? あぁ、もしかして、ナニの話ですかぁ?」


 体重をかけて、腰を押しながら、アンは思案に耽っているみたい。

 妙な唸り声を上げるものですから、ちょっと心臓に悪いですわ。


「前世の知識ってのもあると思うんですよぉ。ただ、それだけじゃ、なさそうですねぇ」

「そうですの? あぁ、そこ……そこがいいですわ」


 アンは指圧の腕をどこで磨いたのかしら?

 揉みほぐしの技が気持ち良すぎて、うつ伏せのまま、寝てしまいそうですわ。

 本当はうつ伏せで寝ると育てているのが無駄になるから、なるべくしないようにとレオに釘を刺されていたのです。

 でも、こう腰が痛いと我慢出来ないんですもの。


「お嬢さま、あの二人は自由行動中ですよねぇ。怪しくありませんかぁ?」

「え? 何がですの? 怪しい?大丈夫ですわ。レオを信じてますもの」

「違いますよぉ。浮気じゃなくって、知識の出所ですってば。お嬢さまはたまに早とちりしますよねぇ」


 そうなのです。

 昔から、抜けない癖ですのよ……。

 そのせいで失敗したこともありますし、命を失ったこともあったわ。

 気を付けないといけませんわね。


「お嬢さま、あの二人が外出したら、尾行しましょう」

「面白そうですわ」


 アンの指圧のお陰で大分、楽になりましたし、何よりも尾行というのが楽しそうですわ。

 ミステリー小説の主人公の気分を味わえそうですわ。

 しかし、多少は良くなってもまだ、痛いですわね。

 起き上がって腰をさすっている十七歳って、どうなのかしら?


「あのお嬢さま。回復魔法を使えば、いいのではありませんかぁ?」

「え? そうですわね。アンは賢いんですのね?」


 目から鱗が落ちるとはこのことでしょう。

 回復魔法で他者を癒していたのに自分を癒すという発想が出来なかったのです。

 アンは半目で私を見つめながら、『お嬢さまの天然が悪化してるよぉ』と失礼なことを言っているような……。

 私はそんなに抜けているのかしら?


 🐶 🐶 🐶


 アンのアドバイスに従って、回復魔法をかけるとあっという間に元気になりました。

 こんなことなら、最初からこうしていれば、良かったですわ。

 アンは慰めるように『お嬢さまはこのままでいてくださいねぇ』と言うのですけど、さすがにまずいと思いますのよ?


「ふぅふぅ。はい、リーナ。あーんして」

「あ~ん」


 とはいえ、レオには油断してもらって外出してもらわないといけません。

 『体調が悪い』私は継続中でないといけないのです。


 それに彼が食べやすいように冷ましてくれるんですもの。

 ふぅふぅしてから、食べさせてくれますのよ?

 こんな機会、滅多にありませんわ。

 超猫舌ですから、熱いのは本当に苦手なのは事実ですし。

 それを知っているレオは本日の昼食であるトマトソースをベースにしたミートソースのパスタを冷ましてから、口に運んでくれるのです。

 最後は口をナフキンで優しく拭いてくれるんですもの。

 幸せ過ぎて、心臓が止まってしまいそうですわ。


 この至上の幸せを静かに噛み締めているとレオは何かを確かめるように私の胸に手を伸ばしてくるのです。

 あまりに自然な手つきに声を上げる前に彼の手が感触を楽しむように優しく、揉んできました。

 それも『うんうん、いい感じかな』『もうちょっと欲しいかな』って。

 何の話をされてますの?


「それじゃ、ゆっくり休んでね」

「ふぁっ。あっ、ありがとうございますわ」


 ひとしきり、胸を愛でるだけ愛でて満足したのか、爽やかな笑顔を残して、レオは退室しました。

 胸を揉まれている間、快感に耐えて声を上げるのを我慢しないといけません。

 ある種の拷問ですわね。

 お礼を言おうとして思わず、喘ぎそうになりましたもの。

 それにしても彼は何を確かめていたのかしら?

 誕生日に欲しい物と私の胸の大きさに何らかの関係があるとしか思えないのですがさっぱり分かりませんわ。


「お嬢さま。二人が宿を出ますよぉ」


 さぁ、作戦決行の時ですわ。

 ニールをフード付きの地味な深緑色のローブに着替えさせ、私も目立つ白金色の髪をアップにまとめ、ニールとお揃いのフード付きのローブに着替えます。

 目立つといけませんから、アンは薄灰色で私は薄茶色を選びました。

 どこからどう見ても目立たなくて、無害な一般人にしか、思えませんわ。

 完璧な作戦ですわね。


「わーい、ママとお出かけ楽しいねー」

「そうね。とても楽しくなりそうですわ」


 何も知らず、無邪気な笑顔を振りく、かわいいニールの手を握り、いざ戦場へと出かけるのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る