第68話 こういうデートも悪くないよね

 結局、レオに思う存分、貪り尽くされましたわ。

 『きれいにしないと駄目だよ』と言いながら、お風呂で身体を洗うという大義名分がありますでしょう?

 一日に二回目の抱き潰しを貰うなんて、信じられませんわ。


 翌日の朝、起き上がれなかったのは言うまでもありませんわね。

 こんなにも疲れ果てて、ぐったりしているのにあんなに頑張っていたレオが何ということもなく、元気いっぱいというのが解せませんですわ!

 アンには『なぜドレインを使わなかったんですかぁ?』と言われたけど、そこは守るべき矜持というものがありますもの。

 お互いに愛し合っていますのよ?

 その行為の最中にドレインを使ってもよろしいのかしら?

 私は淫魔サキュバスではありませんもの。

 だから、ドレインは否なのですわ。


 これだけ、疲弊してもそれだけ、愛されているんですもの。

 愛されているからこその痛み。

 そう思えば、それだけで十分に幸せなのですわ。


 抱き潰された翌日はレオが甲斐甲斐しく、食事から何まで全てしてくれますから、あまりに至れり尽くせりでこちらが恐縮してしまうくらいです。

 対抗するようにアンやニールまで色々としてくれるので部屋は賑やかになってしまいましたけど、ゆったりとした一日が送れました。


 🦁 🦁 🦁


 そのお陰で無事に体も回復しましたし、ちょっといいアイデアも思いついたのです。

 そうなのです。

 今、レオの十三回目の誕生日が近いので色々と考えているのです。

 変にサプライズに凝ったバースデーイベントを開いた挙句、即日別れたなんて話もありますから、彼が驚くのではなく、喜んでくれるプレゼントを贈りたいですわ。


 既成の物をプレゼントしても面白みがないでしょうし。

 ならば、探しに行けばいいのです。

 ダンジョンには玉石混交とはいえ、珍しい魔道具や武具が眠っている可能性が高いでしょう。

 何より、未だにレオの魔装に関する情報が入手出来ていません。

 何かしら、動かざるを得ない状況とも言えますから、好機ですわね。


「えっと……レオ?」


 レオのプレゼントを探しに一人でダンジョンに出かけました。

 彼にはアンにも口裏合わせをしてもらい、完全に単独行動を取ったはずなのですけれど。

 それなのに隣に爽やかな笑顔を向けてくれるレオがいるのです。

 おかしいですわね。

 これではサプライズなプレゼントになりませんわ。


「こういうデートも悪くないよね」

「え、ええ」


 デート? これはデートですの?


 🦁 🦁 🦁


 ここは『いざないの迷宮』という名のダンジョンです。

 リジュボーから、南へ馬で数時間ほど進んだところにあり、登録から間もない駆け出しの冒険者でも安心だとか。


 ですが正直、ここをデートコースに選ぶ方がいらしたら、頭を切り開いて中を確かめたいレベルの場所ですわ。

 どこからか、冷気が漂っており、過ごしやすいかと思いきや、ジメジメとしているのです。

 それに照明とも取れない頼りにならない薄明りがところどころで壁を照らしている程度。

 薄暗いですから、ロマンチックと言えば、ロマンチックかもしれませんけど。


 レオのプレゼント探しと同時にこういう狭い空間でどう戦うべきか、真剣に考えなくてはいけません。

 そこでオートクレールではなく、血色の大鎌ブラッディ・リーパーを手にして、歩みを進めていました。

 こういった狭い空間ではオートクレールの長所を利用した戦い方が出来ませんでしょう?

 自由に伸縮させられないのなら、切れ味が少々いい程度の刺突剣ですもの。


 髪はリボンを結んだポニーテールにしています。

 一昨日の夜、披露したら、レオがとても気に入ってくれたのです。

 えらくこの髪型がお気に入りになったようで暇があったら、手で梳いては口付けをする。

 何だか、立派な変態さんですわね。

 そんなレオでも私は好きですけど。


 服は付与エンチャントが掛けられたワインレッドのケープを羽織り、その下にクラシカルなデザインが施された同じくワインレッドのドレスを着ています。

 袖丈は手首までも完全に覆っているので長いのですが裾丈が膝よりもちょっと上にあります。

 ミニスカートほどではありませんが令嬢としては結構、冒険している方ですわ。

 ところどころ、黒のレースであしらっているのがワンポイントで黒と赤にはレオの色を纏っているという意味合いもあります。

 気付いているのかしら?

 ふと目をやるとまた、私の髪を梳いて、キスしているのですけども。


「一週間に三日くらい、この髪型がいいなぁ」


 どうやら、本当にポニーテールが気に入ってますのね?

 そんなレオの服は私の髪色を意識したのか、白いジャケットを羽織り、レースがあしらわれたちょっとおしゃれな白いブラウスに白い革パンツ。

 あら? でも、これはデートではありませんのよ?


「ねぇ、レオ。デートでしたら、もっと、ちゃんとしたところで……」

「リーナ、待って。敵だよ」


 無粋な輩ですわね。

 人の恋路を 邪魔する奴はダイアー・ウルフに喰われて 死ぬがいい。

 あら? ちょっと違ったかしら?


「この狭い場所にこんな大きな魔物が出るものなのかしら?」

「さあ? でも、これってレッサーだよね」


 ズシンと軽い地響きを立て、狭い通路いっぱいの巨体を揺らしながら、現れたのは苔のような濃い緑色の鱗が全身を覆う四足型のドラゴンでした。

 ドラゴンとはいえ、その瞳に高い知性の欠片も見られません。

 目の前に移る生き物への害意しか、有していないみたい。

 翼もありませんし、四足型ということも考えると生まれてから、百年も生きていないレッサー種で間違いないでしょう。


「困りましたわね」

「リーナ。その困っているって、どっちの意味?」


 カチッカチッと牙がぶつかり合う音が聞こえ、ドラゴンが大きく開いた口から、凄まじい熱量を持った火炎の息が吐き出されます。

 魔力があまりなかったり、魔法を使えない低級のドラゴンは炎の息ファイア・ブレスを吐くのに物理的な発火が必要なのです。

 実際、こんなに間近でその有様を見たのは初めてでしたから、好奇心もあって見入ってしまいましたけど、防がないと服が汚れますわ。


「これくらいで抑えますわね」


 大鎌から左手を離し、掌を口に添えて、軽く息を吹きかけました。

 要領としてはケーキに飾られている蝋燭を吹き消す時と同じようと言えば、分かりやすいかしら?


「やりすぎじゃないかな?」

「そうとも言いますわね」


 吐き出した火炎の息ごと、氷漬けの彫像と化した哀れなドラゴンの姿がありました。

 もう少し、加減が必要かしら?

 まだまだ、改良の余地がありますし、手加減が必要ですわ。


「完全に凍ってるよ」


 レオが軽く氷像を小突いただけでガラガラと派手な音を立て、粉々に砕け散ります。

 表面だけではなく、体液までも凍り付いてますから、出力は半分以下に抑えるべきかしら?

 力をセーブしないとオーバーキルになりかねない威力が出ているみたい。

 何となく、漠然とした理由ですけど、思い浮かぶことがあります。

 レオと体液を交換しているから。

 少し、お上品な言い回しをしましたけれど、要は彼と色々としているから、身体構造が以前の状態に戻ってきたのではないかしら?


 などと考察している私の手を握って、先を歩いてくれるレオを見ると本当にデートしているような錯覚に陥りますがここはダンジョンです。

 勘違いしないで私の心臓。

 指を絡めて、握り合っているだけなのに心拍数が急上昇しているんですもの。


「ドラゴンが邪魔していた通路の先に小部屋で宝箱。これは期待していいかな?」

「トラップという可能性もありますのよ?本で読んだことがありますもの。部屋に入らず、あの宝箱を攻撃するべきですわ」


 そう力説しますとレオは少々、引き気味ではありましたけど反対しませんでした。

 容赦なく、氷柱槍アイシクルランスを10本ほど突き刺してあげます。

 串刺しにされた宝箱というのもレアな光景だとは思いますわ。

 何かガラス瓶が割れるような音が聞こえた気がしますけども、気のせいですわ。

 気のせいですのよ?


「リーナ。何か、割れるような音が聞こえたけど?」


 気のせいではなかったのね。

 もしかしたら、ポーションなどの薬瓶が入っていたのかしら?

 ちょっと失敗したようですわね。

 誤魔化しましょう、そうしましょう。

 私の方がお姉さんですし、まだ少しくらいは背も高いですから、誤魔化せるはずですわ。


「んっ……レオ、余所見しちゃイヤ」


 自分からレオに口付けると舌を差し入れて、探し当てた彼の舌に絡めて、その口内をじっくりと味わいました。

 いつもと逆の立場だから、新鮮な気分で気持ちいいですわ。

 名残惜し気に唇を離すと銀色の橋が架かっていて、お互い熱に侵されたような顔になっています。

 私から求めるようにすることなんて、まずありませんものね。

 これで誤魔化せたかしら?


「誤魔化そうとしたよね?」

「な、なんのことですの?」


 作戦は失敗ですわね。

 積極的に打って出たのに失敗なんて……嫌な予感がしてきたのですけど。

 ええ?鳥肌が……。

 ここは袋小路、小部屋、密室。

 でも、外ですのよ?

 いくらレオでもまさか、外では……。

 そんな考えが甘かったと思い知らされるのはそれから、すぐなのでした。

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