第47話 痛くて、動けませんわ

 眩い太陽の光に照らされて、気怠さに全身を支配されたような妙な感覚とともに瞼をゆっくり、開きます。

 目の前にはいつものようにレオの顔があって、安心しました。


 安心しましたけど、ちょっと距離が近すぎるのではないかしら?

 何となく、涼しいですし。

 恐らく何も着ていないせいだと思うのですけれど、それはもういつものことですから、いいとしましょう。


 なぜ、レオの上でしっかりと抱き締められたまま、寝ていたのかということが重大な問題ですわ。

 それに何かしら?

 身体に違和感があるような……。

 特に下半身の違和感を感じるのです。

 例えるとしたら、熱した太い鉄の棒が体の中に無理矢理、入れられて、かき混ぜられたような違和感と痛みですわ。

 嫌な予感がして、視線を足の方にゆっくりと向けるとある意味、予想通りの光景が広がっております。

 これはえっと……事後ということですのね?


「お、おはよう……リーナ」

「お、おはようございます、レオ」


 心なしか、レオの表情が疲れ切っているように見えますわ。

 珍しいことに目の下に隈が出来ているようですし、昨晩、何があったというのでしょう?

 レオが手にした蝋燭の炎を見つめて。

 そこから、何があったのかしら?

 全く、記憶がありませんわ。


「あのさ、リーナ。ちょっと、どいてくれると嬉しいかな」

「え? あっ……ごめんなさい。重いのよね?」


 レオの上にいることを忘れてましたわ。

 邪魔ですものね。


「いや、リーナは軽いよ? そうじゃなくて、うん、その……」

「ん?」


 当たっているのです。

 まるで自己主張するように体温よりも熱いと感じるほどの熱量を持って。

 顔は凄く疲れていてもあちらは元気ですのね?


 そうでしたのね。

 どいて欲しかったのはそれでなのかしら?

 それなら、そうと教えてもらわないと分かりませんわ。


 でも、身体を動かそうとして、固まりました。


「あ、あのレオ。痛くて、動けませんわ」

「え? そうなんだ。そりゃ、上で頑張ったからだよね」


 レオが小声でブツブツと何か、言ったようですけど良く聞こえませんでした。

 とにかく腰が痛いのですわ。

 恥ずかしいところも痛いのですけれど、それ以上に腰に来たのです。

 それだけではなく、全身に倦怠感があり、体中の筋肉も悲鳴を上げているようです。

 ギックリ腰というものかしら?

 それにしては筋肉痛はおかしいですわね。

 力を入れるようなことをしてませんのに変ですわ。


「じゃあ、僕に任せてくれる?」

「ふぇ? 何をですの?」


 あんなに疲れた顔をしていたレオがすくっと起き上がったのです。

 『どうなってますの?』と戸惑いを隠せず、茫然としていると軽々と横抱きに抱え上げられました。

 『え? 何ですの? 何が始まりますの?』とさらに戸惑いに加え、混乱してきた私の耳元で囁くように『任せてって』と言われました。

 抵抗なんて、しようにも力が入りませんし、あの声に弱いんですもの。


 お風呂に連れて行かれ、『僕がきれいにしてあげるから』とまた、耳元で囁かれると『お願いしますわ』と顔に熱を感じながら、頷くことしか、出来ません。

 ただ、身体をきれいにしようと丁寧に洗ってくれているのは分かりますのよ?

 でも動けないのをいいことに好きなように隅々まで貪られた気がしますの。

 解せませんわ。


 彼の指の動きは洗っているというより、私の反応を見て、愉しんでいるように見えますわ。

 下手に反撃を考えて実行に移したら、お互い止まりそうにないですから、我慢ですわね。

 今、我慢しておけば、午後には予定通りなのです。

 長蛇号ヨルムンガルドに乗船し、洋上の人になっているはずですもの。


 しかし、お風呂から部屋に戻っても着替えさえ、満足に出来ません。

 着せ替え人形のようにレオにお任せした訳ですけど、これは悪くないかもしれません。

 何と言っても楽ですし、嬉々として、気合十分でやってくれるのです。


 ただ、昼食の席でもずっと膝の上に乗せられてましたから、さすがに恥ずかしいですわ。

 アンが微妙に生温かい視線を向けてくるのは察してくれているだけなので構わないですわ。

 ニールに『マーマ、早く元気になってねー』と純粋に心配されると騙しているような気がして、胸が痛みますわね。

 え? オーカスですの?

 彼はただ食べているだけですわ。

 良くも悪くもそれがオーカスですもの。


 ⚓ ⚓ ⚓


「公女殿下、その恰好は一体……」


 ジーグリットさま自ら、埠頭に顔を覗かせ、迎えてくれます。

 ただ、レオに横抱きに抱えられている私を見ると絶句しましたけど。


「ちょっと腰を痛めただけですので大したことではありませんの」

「そう、大したことじゃないんだ」

「そ、そうかい? それなら、いいんだが」


 彼女の顔がやや引きつっているように見えますけど、どうして腰を痛めたかと邪推している訳ではないでしょう。

 帝国を代表する家門の令嬢が止ん事無い事情でお姫様抱っこされているなんて、あってはならないことですもの。

 重い物を持ったせいかもしれませんし、腰を打ったことによる打撲かもしれませんもの。

 レオが余計なことを言うものですから、変に勘繰られてしまったかしら?


 ただ、ジーグリットさまはその点を追求しても面倒なだけで得策ではないと考えたのでしょう。

 変に追及されることもなく、ほっと胸を撫で下ろしたところで私たちはしばらく厄介になる白銀の船に足を踏み入れるのでした。


「ようこそ、長蛇号ヨルムンガルドへ。歓迎しますぜ」

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