閑話4 働く豚はただの豚ではない Side オーカス
オーカスは冥府で生まれ育った。
純粋な神性を持つ種に生まれた高貴な出自の生まれなのだ。
だが、その地位はお世辞にも高いとは言い難い。
人と同じように二本の足で大地に立っていながらも豚に似た頭部を持つ姿のせいだ。
神性種の代表格と言うべき
真の姿とも言うべき戦闘時の形態として、獣の姿をとる者もいるがあくまで人の姿が基本である。
人でもない、獣でもない半端な姿をしたオーカスがぞんざいに扱われるのはそのせいなのだ。
オーカスは『冥府の門』を守るという重要な任務を女王から、直々に賜っている。
それは名誉なことだ。
しかし、実のところ、冥府の門番という役職は名ばかりの閑職に他ならない。
冥府は完璧に守られているからだ。
女王エレシュキガル自らが編み出した
それに加えて、竜王エキドナの子であるサーベラスが優秀な番犬として、睨みを利かせている。
門番たるオーカスに仕事などない。
だが、食べることにしか興味のないオーカスにとって、出世や権勢など取るに足らない問題であった。
むしろ仕事がないのを喜んでいたくらいだ。
オーカスは”守る”ということのみに特化している。
特化というと聞こえはいいがそれしか、出来ないのだ。
半端者、無能と呼ばれ、厄介者扱いされていたオーカスに分け隔てなく接したのが、かつて『天の女王』と呼ばれし、冥府の主人エレシュキガルである。
彼女の下で門番という大義名分を与えられ、自由を謳歌していたオーカスだが、やがて転機が訪れる。
絶対の存在である冥府の女王が地上へと舞い戻ったのだ。
エレシュキガルが冥府を去り、娘のブリュンヒルデが二代目女王に就任してもオーカスは何ら、変わることがない。
忠実に門番を続けていたオーカスの優雅にして、怠惰な日常に変化が訪れる。
寝耳に水のようなアクシデントが発生したのだ。
偶々、豚のような顔をしていて。
偶々、四本の腕を持ち、立派な体躯を誇っていて。
ただ、それだけで『オークの神』として、召喚されたのだ。
🐷 🐷 🐷
「でも、やらないと僕殺されちゃうデス」
皆が寝静まった深夜のことである。
バノジェ近郊の森にオーカスの姿があった。
食べたい物を食べたいだけ、食べさせてくれる敬愛する主。
美しく気高い冥界の女主人はこれ以上ないくらい冷えきった瞳で『働け』と言った。
『絶対に働きたくないデス』などと言った日には永遠に凍らされるだけでは済まないだろう。
見つめられるだけで凍り付きそうな冷たい瞳を思い出し、ブルブルと震えるオーカスだがその姿は全く、可愛くないものだ。
本来の姿であるオークに似たものに戻っており、四本の腕には血の色をした物騒な斧が握られている。
「恨みはないデスが死ねデス!」
オーカスはドタドタと騒々しい足音を立てながら、森を駆け回る。
鈍重そうに見える見た目からは全く想像出来ないくらいに素早く、まるで一陣の風が舞うように駆け抜けていく。
逃げ惑うゴブリンを捉えると瞬時に間合いを詰め、斧を一閃してはその首を刎ねていく。
「ゴブリンは安いデス。他のを狙うデス。高いのがいいデス」
ゴブリンだった肉塊から、金目になりそうな物だけを奪うと証拠としてその耳を削ぎ落し、袋に詰める。
次の獲物を物色するオーカスの姿は捕食者そのものである。
「食べ物待つデスー」
彼の目には逃げ惑う魔物がお金、いや食べ物に見えているようだ。
次に狙われたのはブラックベアと呼ばれる大型の熊だった。
天空に大きく輝く紅の星に照らされ、返り血を浴びた凄惨なオーカスの姿を目にした哀れな被害者たる熊は本能的にその恐ろしさに気付き、踵を返そうとするも既に遅かった。
ビュンという風を切る音ともに投げつけられた二本の斧が無情にも全力で駆け出し、逃げようとしたブラックベアの両足を寸断する。
「君はお金になるデスね」
ニタァと笑うオーカスの顔を一目見てしまった熊はその場で意識を失ったのが不幸中の幸いだったろう。
少なくとも無理に抵抗し、無残に八つ裂きにされずに済んだのだから。
夜明け近くまで狩りに徹したオーカスはその甲斐あって、ゴブリンの駆除でギルドから褒賞を得ることに成功した。
さらに収集した素材を換金したところ、その旨味が並ではなかったのだ。
これに味を占めたオーカスによって、熊という熊がバノジェ周辺から消え失せることになるのだがそれはまた、別の話である。
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