第38話 金の卵を望むのは誰? Side レオ

 ある意味、これは僕が望んだ理想のシチュエーションだよね。

 リーナが腕の中でおとなしくしているどころか、かなり強く抱き付いてくれてる。

 屋根の上を走り回るのには慣れてるんだけど、お姫様抱っこをしながらは初めての経験だ。

 彼女から漂う甘い香りに心が激しくかき乱されてる。

 このまま、彼女の身体に貪りつきたくなるような激しい衝動だ。

 押し付けられてる柔らかい胸の感触も非常にやばい。

 走ってる最中に元気になるのはまずいんだけどね。


 おっと、不謹慎だったよ。

 人質というか、誘拐された人を救出しないといけないのにさ!


「ここですわ」


 日も沈んできて、夕焼けに照らされた倉庫街はどことなく、物悲しい雰囲気が漂ってた。

 風情があるんだけど、ここだけは違う気を感じる。

 屋根から、そのまま飛び降りて、着地したら、リーナが『きゃっ』とかわいい悲鳴を上げた。

 かなり怖かったのか、ちょっと震えていて、かわいい。

 このまま、ここで抱きたい衝動に襲われるけど我慢。

 我慢しないと僕、男の子!


 彼女をを下ろすと『もう少し、優しくしていただけませんの?』と口では言ってるのに頬は赤く染まってるから、まんざらでもなかったのかな。

 夕焼けのせいではないはず。


「レオも気付きましたの? この倉庫だけ、人がたくさん、いるようなのです」

「そうみたいだね。不自然だよね?」

「確か、この港は長蛇号ヨルムンガルドが入港してから、封鎖されているはずです。つまり、倉庫にこんなにも人間の生命力が感じられるというのは不自然極まりないですわ。姿を隠せば、どうにかなると考えたのでしょうけど、無駄だということを教えて差し上げましょう」


 痛いのに無理しているって、一目で分かるのにリーナはバレていないと思ってるらしくて、今も結構なドヤ顔で語っている。

 たまにこういう形でお姉さん風を吹かせたいらしい。

 そういう病気なんじゃないかってくらい、お姉さん振りたいのに出来なくて、焦っている時がかわいいんだけど。

 本人は出来ていると思って、ドヤ顔しているから、かわいいのだ。


「それで何か、いいアイデアあるかな? 『正面から、頼もう!』って行くのはダメだよね?」

「それでもいいのですけど、人質を盾にされると厄介ですわね。だったら、昏睡の雲スタン・クラウドで……あっ。それでは被害者まで巻き込んでしまうかしら? 凍らせるのも巻き込みますし、どうしましょう」


 そう言いながらもリーナは『凍らせても後で溶かせば問題ないですわ。凍らせましょう』とか、考えそうで危ない。

 ここは僕が矢面に立つべきだな。


「正面から、僕が乗り込んで陽動するから、リーナはその間に被害者を助けてくれいかな。これでどう?」

「私が陽動した方がよろしいのではなくって?」


 また、お姉さん風を吹かせたくなったらしくて、チラッと様子を窺いながら、そう言ってくるけど、そのバレバレな時点でお姉さんっぽくないからね。

 気付いてないみたいだし、ただ、かわいいだけなんだよなぁ。


「そういうのは僕の方が向いてるんだって。それにリーナは痛いんじゃない?」

「うっ。そ、それはそうなんですけど。し、仕方ないですわ。レオにその役をお任せ致しますわ!」

「うん、じゃあ、また後でね」

「はい」


 そう言うと彼女は闇で姿を消した。

 って、リーナ!

 そんな魔法使えるんなら、最初からやればよかったんじゃないかな。

 もう行っちゃったようだし、本人に自覚ないから、無意識に使ってるな、アレ。


 🦁 🦁 🦁


 さて、倉庫の入り口に着いたけどどうするかな。

 何の変哲もない普通の扉だけど『開けてください』で開けてくれるとは思えない。

 『開けゴマ』も違うよなぁ。

 そうなるとアレか!


「警察だ! 手を上げろ!」


 扉を蹴破り、身体を回転させて、倉庫内に侵入した。

 突入する時はこれで間違ってないはずだ。

 扉は鋼鉄製でも蹴破る自信がある!


 ただ、蹴破った瞬間、吹き飛ばされた扉の向こうで『うげっ』っていう声が聞こえた気がする。

 気のせいかな?


「何ですか、君は?」


 ゆったりとしたチュニックに外套を羽織った男が僕を非難するように鋭い視線を向けてきた。

 その男の他におよそ、八人か。

 扉を蹴破ったんだから、そりゃ、僕が悪いんだけどさ。


「おめえたちの悪事はお天道様が見てるんでえ。さっさとお縄につけい」


 時代劇で聞いたことがあるのを言ってみたけど、やっぱり無反応か。

 むしろ、どう反応したらいいか、困ってるってところかな。

 でも、陽動するって意味では成功だよね?

 変なやつと思われているだろうけど、この際しょうがない。


「私は単なる商人です。このような真似をされる筋合いはないのですがね」


 チュニックにマントの男がどうやら、リーダー格のようだ。

 その視線は咎めるというより、敵意に満ちた物に変わった。


「商人? 嘘はいけませんよ。そんな剣だこがある商人がどこにいるんですか?」


 チラッと見えた拳は明らかに鍛えている人間のものだ。

 剣だこが出来るくらいだから、騎士や傭兵なのかもしれない。

 冒険者かもしれないけど、毎日のように修練を欠かさず行っていることは確かだろう。

 筋肉の付き方も商人のそれじゃない。


「……バレては仕方がないな。このまま、帰れると思うか?」

「思ってませんよ。僕もその方が分かりやすくて、いいしね」


 男達は一斉に抜刀すると僕を組織的に囲んだ。

 この動きはやっぱり、訓練された人間の動きだ。

 素人ではないね、これ!

 単なる身代金目的の誘拐じゃないってことなんだろう。

 また、面倒事じゃないといいんだけどなぁ。


 真後ろから、僕の肩口を狙って、斬りかかってきたのを軽く、上体を逸らして避け、踏み出した無防備な足に『こければいいくらいの勢い』で足払いをかける。

 ゴキャという嫌な音が聞こえた。

 手加減したけんだけどどうやら、足を折っちゃったようだ。


「ごめんごめん。かなり、加減したんだけどなぁ」


 今度は足元を警戒したんだろう。

 横薙ぎに斬りかかってきた。

 この方が避けにくいと考えたんだろうね。

 腰を屈めて、避ける。

 見えている物は避けられるものだ。

 ただ、ちょっと余裕持ちすぎたのか、毛が少々、犠牲になった。

 髪の毛の恨みとばかりに斬りかかってきた人の足首を持って、そのまま振り回して、壁に放り投げる。

 死んではないと思うけど、大怪我はしたかもね。

 ごめんね、ごめんねー。

 心の中で謝っておいた。

 切られた髪の分はチャラということで許してもらおう。


「レオ、ご苦労様ですわ。もういいですわよ」


 床板を跳ね上げ、現れた隠し階段からリーナが顔を覗かせた。

 彼女が堂々と姿を見せたということはもう、終わったということだね。

 じゃあ、遠慮なく、行こうかな。

 そう思っているとリーナの方に一人、向かっていく人がいた。

 あぁ、可哀想に。

 リーナは僕より手加減しないんだからさ。

 『レオ、手加減しませんと』って、言ってる本人が一番、手加減知らないんだ。

 手足を凍らせて、いたぶるのに微笑みながらって、Sのスイッチ入ってない?


 🦁 🦁 🦁


 それから、五分もしないうちにリーダー格の男以外、誰も動けなくなっていた。

 リーナの方にも三人くらい向かったんだけど、彼らにはちょっと同情するよ。

 手足を凍らせて、動けなくしてからが彼女の本番だからね。

 死なない程度に毒を流し込んだね。

 皆、焦点の定まらない目して、ブツブツと呟いているから、まともじゃなくなってることは確かだ。

 リーナは男相手だと容赦ないからなぁ。


「残ったのは私だけか。焼きが回ったものだ」


 剣を持つ右手をだらりと垂らしたままだから、彼に戦意は残ってないんだろう。


「あなた、正規の訓練を受けてますよね? 単なる賊じゃないと思うんですが違いますか?」

「そうか。そこまで知られていたか」

「どうして、こんなことを?」

「金の卵を産む鶏がいる。主がそれを欲した。それだけのことだよ」

「道を正すのも臣下の務めだと思いますけど? 主が白を黒と言っても是と言うのかしら? それはおかしいですわ」


 いつの間にか、リーナが隣に立っていて、僕にしなだれかかっていた。

 辛そうな表情だし、ほぼ体重を預けているくらいだから、まだ痛むんだろう。


「そうだな。確かにその通りだ。主を正すのが道理であったろうよ。君らのような者と早く、出会いたかったよ。さらばだ」


 リーダーの男は何かを吹っ切ったような顔をしていた。

 諦めたような、悟ったような。

 それでいて、とても爽やかな表情を浮かべていた。


 そして、赤い華が咲いた。

 あっという間の出来事だった。

 男は自らの剣を首に当て、思い切り引いたのだ。

 止める間もないほどに見事な自刃だった。


 リーナを見やると静かに首を横に振るだけ。

 そっか、やっぱり駄目なんだ。


「命を失った者は戻せないの。それに彼は……望んでいないと思うわ」


 何だか、胸の中にしこりが残ったような嫌な幕切れだった。

 彼は恐らく、騎士だったんだろう。

 主の為に悪事を働いて、主の為にその命を捨てたんだ。


 誰が黒幕だったのか、分からず仕舞いか。

 思った以上に厄介事に巻き込まれちゃったかな。

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