第37話 急転直下、事件ですわ
痛いのです。
違うことを考え、気を紛らわせて、歩いても痛いですわ。
ついつい、かばってしまうのか、歩き方が変になっているみたいで『お嬢さま、それ……もしかしてですよ?』とアンに指摘されたのですけど『何がもしかして』なのかしら?
『血が出ない場合もあるそうですよぉ』と囁かれて、『そ、そうなんですの?』と言葉に詰まってしまいます。
最後まで出来なかったのに乙女ではなくなった可能性があるなんて、いまいち実感が湧いてこないのです。
そんなことを考えていて、ぼんやりとした頭のまま、宿に戻るとレオがニールに頭をいじられ、もじゃもじゃの髪型にされているではありませんか。
その様子が本当に親娘のように見えて、とても微笑ましいですわ。
「マーマ。パーパの髪、セットしてあげたんだよ。ほめてぇ」
私の姿を見つけたニールがとてとてと駆け寄って来ましたから、頭を撫でて褒めてあげます。
くしゃくしゃになっただけですから、セットがうまくいったとは言い難いのですけどいいのです。
『褒めて伸ばす』が信条ですもの。
アンには『甘やかす』だけではよくないと窘められました。
甘やかしているつもりはありませんのにおかしいですわ。
そういえば、『陛下、叱ることも覚えてください』とナムタルにも窘められたわね……。
「マーマもしてあげうおー」
「そ、そう…」
ショートのレオがあんな有様ですのに私の髪を任せたら、どうなってしまうのでしょう。
もつれるでしょうから、後処理が大変なことになりそうだわ。
アンの負担が増えるわね。
「おかえり、リーナ、アンさん。ちょっと面倒なことになったよ」
「え?」
彼は何だか、浮かない表情をしています。
どうやら、私たちが図書館に行っている間に何かがあったのでしょう。
🦁 🦁 🦁
「つまり転生者と思われる方を狙った誘拐事件が多発しているということですの?」
「そうらしいよ。それで僕たちが先日、行った『
レオの話では私達が出て暫くしてから、ジローのおじさまの使いが訪ねてきたのです。
緊急の案件として持ちかけられたのが今回の極秘クエスト。
『この数日間、今までにない画期的な商売を始めた者、目新しい商品を開発した者など変わった技術を持つ住民ばかりを狙った誘拐事件が発生している。
ギルドは犯人の追跡と被害者の捜索に尽力する為、腕のいい冒険者に秘密裏に動いてもらうことにした』
ランクとしてはDランクに過ぎませんけど、おじさまには知られているので仕方ありませんわ。
そのおじさまに協力を仰がれた以上、無視する訳には参りませんわね。
莫大な身代金を要求していますし、人命が係っておりますもの。
迅速に解決すべきですわ。
「手掛かりはないのかしら?」
「狙われたのが違う世界から、やって来た人じゃないかなってことだね。転生者や転移者の可能性が高いってことだけが共通点みたいだよ」
「それだけで捜すのは大変じゃ、ないですかねぇ」
「そうだね。何か、手はないかなぁ」
まず、考えなくてはいけないのが事件が起きたのはこの数日間ということでしょう。
これがもっと前から、起きているのでしたら、考えられる可能性がとても広く、特定するのが困難です。
発生して間がないというのがポイントですわ。
「犯人のアジトはこの町のどこか。もしくは離れていても一日で行ける程度の距離内という近場にあると予想出来ますわ」
「そっか! 数日の間に起きているのに身代金要求してるってことは移動が困難じゃ、ありえないから?」
「その通りですわ。転移の魔法を使える高位の魔術師、それも魔導師クラスが加担していない限り、現実的な問題が発生しますもの」
一番、簡単なのは身代金を受け取りに来た一味の者に直接聞くのが一番なのですけど、そこまで長引かせてはいけないわね。
ならば、やはりアジトを割り出すしか、ないかしらね?
何か、見落としている気がするのですけど。
そう、何か大事なことを見落としているような……。
「あっ。もしかしたらなのですけれど、ここは港町ですわ。つまり……」
「港か。そうか! 倉庫街なら、怪しい物を隠しやすいし、逃げるのも楽ってことか」
「お嬢さま、ではギルドに行ってきますねぇ」
アンがギルドに情報を伝えに行ったのを見届けるとレオが何か、意味ありげな笑みを浮かべ、私を見ていました。
ええ、分かっていますとも。
「ニール、オーカス、ちょっとの間、お留守番出来るかしら?」
「出来るお。ニール、おとなのおんなだから、だじょうぶだお」
「分かりましたデス」
ニールは分かっているのか、怪しいところがありますけれど。
大丈夫も言えてませんし……まぁ、お菓子と食べ物をたっぷりと与えておけば、平気……かしら?
不安は拭えませんけど、仕方ありませんわ。
🦁 🦁 🦁
ある程度、絞り込んだ怪しい倉庫にレオと向かっているのですけど、やはり痛いです。
裂傷ではないですし、擦傷なのかしら?
布生地が擦れて、何とも言えない痛みが走ります。
「リーナ、大丈夫?何だか、辛そうだけど」
「ち、ちょっと痛いだけですわ」
「痛い? まさか、歩き方が変だけど、まさか?」
「血が出ませんでしたけど……どうも、そうらしくって、痛いのです」
異物が入ってないのに異物が入ってきているような違和感と痛さのせいでまともに歩けません。
「リーナって、回復魔法使えるよね? 使った方がいいんじゃないかな」
私の身体を心配して、見つめてくる瞳には溢れんばかりの愛が感じられて、嬉しいのですけど、それとこれとは話が違うのですわ。
「使えますわ。使えますけどこの痛みを治す気はありませんの」
「どうして? 辛そうだよ。歩くだけでも痛いんじゃない?」
「ふぇ!? ち、ちょっとレオ!」
そう言うとレオはいきなり、私を横抱きに抱えました。
これは良くロマンス小説でヒロインがしてもらっているお姫さま抱っこでは!?
ただ、この姿勢って、意外と怖いのです。
レオの首に腕を回して、しがみついていないと不安定なんですもの。
だって、倉庫の屋根の上を移動しているのですから、揺れるのです。
屋根から屋根へと飛び移っていくのも怖いですし、風を切るようなスピード感はもっと怖いですわ。
「何で痛いのに治さないの?」
「そ、それはあの……女の子にとっては大事なことですから。この痛みは記念として、ちゃんと体に刻み込んでおきたいの。レオとの大切な記録ですもの」
言っている本人も顔から火が出るくらいに恥ずかしいのですけれど、言われたレオも恥ずかしいみたい。
誤魔化すように走る速度を速めるものですから、目的の倉庫に着くまでかなりの恐怖を味わう羽目になりました。
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