第36話 本から学びましょう

 ニールとオーカスをしっかりと両手に繋いだアンの姿に暫し、見惚れてしまいました。

 まるで幼子を引率する教師のように凛としていて、美しさの中に凛々しさも感じられて……あら?

 もしかして、怒ってません?


「お嬢さま、遅いです。お昼を少々どころではなく、オーバーですよぉ」

「お風呂に入っていたの。ねえ、レオ?」

「そ、そうだよ。お風呂だよ、うん」


 ジトッとした半目で睨まれましたけど、お風呂に入っていたのは事実なのです。

 普通に入っていなかったとは言いませんわ。

 そのようなことを口にするのは命取りになり兼ねませんもの。


 今日はお昼も宿でいただくことにしました。

 お料理に定評のある宿なのですから、本当は毎日、ここで食事してもいいのです。

 ですが折角、自由に行動出来る旅なのですから、新しい体験や料理に出会わなくては勿体ないでしょう?

 たまには外で珍しい物を食べるのもいい経験になるはずですわ。

 拉麺は中々にいい出会いでしたものね。


「ねーねー、パーパとマーマがしてたのってこーびなの?」


 小っちゃなお口でパンに齧りついていたニールが何気なく、口にした一言で食卓の空気が凍りました。

 私のせいではありませんのよ?


「そ、そんな言葉、どこで覚えましたの?」

「あのね、オーカスが教えてくれたよ。こーびで赤ちゃんが来るんだってて。弟? 妹? 楽しみなのー」


 私の可愛いニールに余計なことを教えたのは子豚でしたのね。

 そうですのね、おっほほほほ。

 後でどうしてくれようかしら?

 焼き豚? 豚足?

 色々なお料理が出来そうですわ。

 楽しみですわね!

 半目で睨みつけるとオーカスが見るからに怯えて、ガクガクしているのが分かります。


「あのね、ニール。そういうことはしていませんのよ? 弟も妹も残念ですけど、まだ来ませんの」

「えー、マーマ、欲しくないの?」


 ニールにそう言われて、レオと顔を見合わせますけれど……うん、無理ですわね。

 レオの出す量は凄くても早いんですもの。

 どうにかしないといけないのでしょう。

 でも、具体的にどうすればいいのかが分かりません。

 アンなら、何かいいアイデアがあるかしら?

 相談する前にお風呂での話をしないといけませんから、叱られる可能性もありますわ。


「ニールがもう少し、大きくなったら、考えましょうね」

「ほんとー? わたち、妹がいいなー」


 あなたが竜として大きくなるのは少なくとも百年以上先かしら?

 それまでにはどうにか、なっているとのいいのですけど。


 昼食が終わって、あのことをアンに相談したいとレオとお話しました。

 閨のことですし、二人だけの秘密なのだからと渋っていたレオですけど『解決出来れば、もっと幸せになれると思いますの』という言葉に心が動かされたのでしょう。

 重い首を縦に振ってくれたのです。


「え、えっと、それでお嬢さまはお風呂でナニしてるんですか!」


 やはり、叱られました。

 予想はしていましたけど、そうなりますのね。


「普通には無理そうでしたのよ? ですから、私が上になれば、解決すると思ったのですわ」

「解決してないじゃないですかぁ! おまけに痛いのではありませんか?」

「えっ、バレていますの? そうね……えっと。えぇ。まだ、ちょっと痛いのですわ」


 完全にしていなくても痛みはありますから、変にかばってしまうようで妙な歩き方になってしまうのです。

 アンとは長い付き合いなだけにちょっとした変化でも気付かれてしまうみたい。


「それでお嬢さま。あたしの出番なんですねぇ?」

「ええ、あのね。早いのって、どうすればいいのかしら?」

「は、はいい?」

「ですから、早いのですわ。その……レオのね」

「あっ、あぁ。はい、分かりましたよぉ。分かりましたとも」


 はっきりと口に出すのは恥ずかしいので言い淀んでしまいましたけれど、さすがはアン!

 もう全てを察してくれましたわ。


「あたしも経験ないので分かりませんっ!」

「えぇ? で、ではどうしたら、いいのかしら?」

「お嬢さま、こういう時こそ、本ですよぉ。本を読めば、全てが分かる!さあ、図書館に行きましょう!」

「ふぇ!? ええええ」


 そのまま、アンに引きずられるようにバノジェの町立図書館へと行くことになりました。


 📚 📚 📚


「お嬢さまはここで座って、お待ちいただけますか。それらしい書物をあたしが持ってきますので」


 真顔のアンにそう言われましたのでこくこくと頷くしか、出来ません。

 おとなしく、待っていますと十冊ほどの本を抱えたアンが戻ってきました。

 相当、重いはずなのに軽々と持っているので周りの視線を集めているようです。


「多分、この辺りの本に載っているんじゃないかと思いますよぉ。探してみましょう」

「ありがとう、アン」


 頼りになる友人がいて、本当に助かりますわ。

 それではまず、この本から、調べてみましょう。

 『夫婦性活の救急箱』なんて、変な名前の本ですわね。

 生活の字も間違ってますわ。


 頁を進めていくごとに顔の温度が上がっていく錯覚に陥っています。

 だって、この本の内容がとても卑猥なんですもの。

 『夫婦は互いの性感を高め合うことで愛を確かめられる』と言い方は素敵な感じにまとめてますけれど、内容は夫のモノを元気にするにはまず、ぴーをぴーしましょうですって!?

 レオのは元気過ぎるから、必要ありませんの!

 元気にさせるのではなくて、とにかく持続させたいのですわ。


「アン、それらしい記述がないですわ」

「そうですね、お嬢さま」


 二人とも別の意味で疲労困憊になってますわ。

 恋愛経験値なるものが足りていない私達には要らない知識が多すぎる内容で鼓動が早くなる一方なんですもの。


「お嬢さま、ありましたよぉ。これです、これ」


 アンが指し示す先に載っている記述によれば、『出そうになったのを我慢する』、『もしくは止めることによって、徐々に慣らしていくことで持続力が生まれる』というものでした。

 我慢するのって、レオに出来るのかしら?

 我慢していても出来ないから、触れただけでも駄目だったのではなくって?

 では止めればいいのかしらね。


「ねえ、アン。止めるのって、どうするのかしら?」

「物理的に止めちゃえば、いいんじゃないですかねぇ。お嬢さまのこれとかで」


 アンは私の髪……サイドテールを留めている薄い空色のリボンを指して、悪戯っ子のような表情をしています。

 なるほど、物理的に止めるのって、え?

 どこをですの?


「リボンで止めるのはいいけど、どこを止めるのかしら?」

「根本じゃないんですかねぇ。それともあそこかなぁ」

「この先っぽのところかしら?」

「そこをキュッと結んだら、止まるんじゃないですかねぇ」


 レオのレオにかわいらしいリボンが結ばれているのを想像してみます。

 かわいいかしら?

 いえ、レオはかわいいのです。

 一日中語れるくらい、かわいいのです!

 でも、アレはかわいくありません。

 リボンでかわいくなるのなら、試してみようかしら?


 アンと小声でヒソヒソと話していると通り過ぎていく人に怪訝な目で見られている気がしますの。

 持ってきた本のせいなのかしら?

 話している内容は確かにその……。

 ええ、怪しいですわ!

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