第31話 うちのお嬢さまは変だけどかわいい Side アン

 南方特有の明るくて、開放感あって、とにかく夏を感じられる雰囲気が好きだったこの町ともうすぐお別れ。

 別れを惜しむ寂しさからくるセンチな気持ちとまだ見ぬ大海原を往く船旅が楽しみっていう相反する気持ちが混ぜこぜになってる感じだ。

 そう。

 あと少ししか、この町にいられない。

 色々とやっておきたいことを試したいって思うのは誰でもあるだろう。

 あたしのお嬢さまにもそういうところがある。


「はぁ……」

「お嬢さま、どこか、お加減が悪いですか?」


 カフェで紅茶を飲む姿ですら、もう一枚の絵画だからねっ。

 愁いを含んだ表情とか、何それ最高!

 あたしにとってはどんなお嬢様であろうがご褒美なんだが。


 しかし、朝、起きてから、ずっとあの調子なのだ。

 心配である。

 殿下との仲は順調。

 仲が良すぎて、距離が近いから、既にヤってしまったのかもしれない。

 とはいえ、あたしも経験がないから、女の勘とやらがあてにならない。


「殿下と何か、あったんですか?」

「……何でもないの」


 『何でもない』、これが一番、怪しいんですよ?

 お嬢さまは特に溜め込むタイプだ。

 余計に危ないかもしんないわ。

 前世でも大人しくて、真面目な子が溜め込んで爆発した事件があった。

 うっかりと何か、やらかすのが多いお嬢さまだけに余計に心配だ。

 この世界に来てもそれは変わらないよねぇ。


「何か、あったんですよね? お嬢さま、隠し事は駄目ですよ」

「うぅ……そうね。アンに隠しても無駄ですものね。そう、何かがあったというよりね……レオにアレが来ましたの」

「はい? きたって?」

「男の子の日?」

「はいいい?」


 女の子は前世だとお赤飯炊いたりして、お祝いな感じがするけど、あっ……そうですかぁ、男になったんですか。

 それもやっぱり、お祝いしないといけないんですかねぇ。

 赤ちゃんが出来るかもしれないんですよね。

 お祝いよりも心配事が増える気がしてならないんですがっ!

 避妊って、どうするんだろぉ。

 この世界にそういうのあるのかなぁ。

 あぁ、経験の無さが恨めしいわぁ。


「だから、どうしようかなって、思うの。はぁ……」


 でも、アンニュイなお嬢様はかわいさ五割増しだから、許せる。

 むしろ、世界亡ぼされても許しますとも!

 って、喜んでる場合じゃねーですよ、あたし!


「既成事実も何も殿下とお嬢さまは婚約関係にあるから、意味ありませんよねぇ。婚前交渉が怒られる可能性がありませんかぁ?」


 あたしの発言につい有能なメイド感が出ちゃったわ。

 これでまた株が上がってしまう、くっくっくっ。


「朝はちょっと危なかったかしらね、うふふっ」


 思い出し笑いするお嬢さまもかわいいっ。

 って、朝危なかったって、朝からするつもりだったんですか!?

 いくら、バカップルでもそれはいかがなものかと思うんだよね。


「お嬢さま。お嬢さまはどうされたいんですか?」

「私がどうしたいか……ね。そうね、ありがとう、アン」


 ちょっとはにかんだような笑顔を向けてくれるお嬢さま。

 あたしはそれだけでご飯食べられますとも、ええ。


「私とレオは子供が出来にくいと思うの。ですから、大丈夫ですわね」

「はい?」


 んん?

 うちのお嬢さま、大丈夫かな?

 『出来にくい』と『出来ない』は大違いですからねっ。

 出来ちゃったら、どうするんです?

 というか、やる気満々じゃないですか!

 そういや、自重しない人だったのを忘れてたわぁ。


「でも、昨日のにゃんこちゃんの感じですと毎日、三回? それ以上かもしれないの。大丈夫かしら?」

「は、はい?」


 どの辺を心配してらっしゃるんですか!?

 さらっと爆弾発言してますよね?

 いくら若いって言ってもやりすぎじゃないんですか?

 知らんけど!

 やりすぎたら、いくら出来にくくても危ないんじゃないですか。

 知らんけど!


 あぁ、『知らんけど』しか、言えないじゃないですかぁ!

 だって、やったことないし、分からないのよ。

 お嬢さまにお教え出来るように経験しておくべき?

 いや、何かが違う?

 それ以前に誰とやるって問題があるわねぇ。

 好きな人は……お嬢さま、それ以外いないし!

 男は何か、分からないけど昔から苦手なのよ。


 でも、待てよぉ。

 お嬢さまの子供だったら、絶対かわいいに決まってるじゃない!

 お世話がしたい、お嬢さまの赤ちゃんのお世話をー!

 何なら、あたしが乳母になるっ!

 え? あれ? 子供いないと駄目なんだっけ?


「アン、どうしたの?」

「は!?い、いえ、何でもありません、お嬢さま」


 ちょっと意識が飛んじゃっていたらしく、お嬢さまが小首を傾げて、あたしを見つめている。

 きっとお優しいお嬢さまのことだから、あたしがトリップしてるのを心配してくださったんだ。

 もう何してもかわいい!


「あら、レオが帰ってきたみたいですわ。参りましょうか」


 お嬢さまが優雅な所作で席を立つのに合わせて、日傘を差し出す。

 受け取ったお嬢さまはこれまた、優雅な手つきで日傘を差すんだけど…この日傘、レースの装飾が施されていて、フリルの飾りまで付いたた優美なデザインの割にやたらと重いんだよねぇ。

 あたしは獣人の血を引いてるから、力に自信あるんだけどお嬢さまがあの細身の身体で軽々なんだから、不思議だよ。

 これで殴ったら、軽く頭蓋骨を砕けるんじゃないかなってくらい重い金属の骨なんだよ?

 あたしがお嬢さまに日傘を差すべきなんだけどなぁ。

 むしろ、差したい!

 差して、お嬢さまの息が感じられる距離にいたい!


 でも、お嬢さまは自分で日傘を差したいらしくて、させてもらえないのだ。

 反抗期ですかねぇ?

 お嬢さまの方が一つ年上だけどねっ。


「はい、お嬢さま」


 あたしは内心の狼狽えを一切、表に出さず、クールに徹する。

 これでも表向きには一応、クールビューティーな仕事の出来るメイドさんで通ってるしねっ!

 お嬢さまには前世から、変わらないこの性格と特徴がバレてるんだけど、こんなあたしのことを美しくて、自分には過ぎたメイドと言ってくれるんだよぉ。

 あぁ、ずっと付いていきます、お嬢さま!

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