第29話 復讐(お世話)するは我にあり

 さすがにやりすぎだと思いますの。

 お風呂ですから、きれいにしなくてはいけないと思いますわ。


 でも、アレを私がきれいにする必要ありますの?

 泡を使って、それはもう丁寧にきれいにして、差し上げましたけど。

 レオも気持ち良さそうな顔してますから、なぜか幸せを感じられたのが不思議ですわ。


 だからって、レオが私を洗わなくてもいいと思いますわ。

 執拗にきれいにするって、譲らないから、結局されるがままになったのですけど、人にされても恥ずかしいだけではありませんの?

 それもレオったら、すごく丁寧な指遣いで…まさか、指だけで何度もなんて。

 えぇ?違いますわ。

 意識は失っておりませんもの。

 何度か、達しただけで……コホン、不可抗力ですわ。


 お陰様でお風呂を出る頃には腰砕けになりましたの。

 横抱きに抱えられて、浴室を出たのでちょっとお姫様の気分を味わえて、嬉しかったですわ。


 涼んでいる間にどうにか回復しましたから、服を着たまではいいのですけれど、ベッドの上に辿り着くのがやっとでした。

 さすがにこれ以上は辛いと考えてくれのでしょう。

 夜はゆっくり、寝させてくれたのです。

 レオもお風呂で満足してくれたのかしら?

 優しく抱き締めてくれるから、抱き締め返して、互いに抱き締め合いながら、寝たはずなのですけれど……


「……ん?もふもふ?」


 しっかりと抱き締めて、眠ったのにレオがいません。

 代わりにそこに眠っていたのは濡れ羽色の美しい毛並みをしたにゃんこちゃんでした。

 にゃんこちゃん……よね?

 ちょっと普通のにゃんこにしては大きいし、四肢が太いですわ。

 これは骨格自体が太いように見えますから、単純に頑丈な体格ではないかしら?

 そう考えますとにゃんこではありませんのね?

 まるで獅子や虎の子供みたいですけど、まさかですわね。


 どこからか、迷い込んだ迷子のにゃんこちゃんでないのは分かっています。

 宿泊する部屋に完全防御魔法の七つの門セブンスゲートをかけてから、就寝しています。

 七つの門セブンスゲートがある以上、外部からの侵入者などありえないのですけども。


「まさか……ね? そうですわ。瞳を見れば、はっきりしますわ。にゃんこちゃん、起きてくださいな」


 リラックスして、四肢をぴーんと伸ばした姿勢でぐっすり眠っているにゃんこちゃん。

 とてもかわいらしくて、起こすのは悪いと思いつつも確認しておかなければいけませんわ。

 い、意外と重いですわね。

 にゃんこちゃんの瞳を確認しようと脇に手を入れ、持ち上げようと試みたのですけど、見た目以上に体重があります。

 ずっしりとした重さを感じ、持ちあがりません。

 閉じられていた瞼がゆっくり開いて……


「にゃ? にゃにゃ?」

「ほら、紅い瞳ですもの。うふふふふっ」


 言葉くらいは喋れるのかと思っていたのですけれど、無理みたいね。

 でも、自分が置かれている状況は分かっていて、『何? 何々?』と言っているようですから、記憶もそのまま。

 つまり、今は立場が逆転していて、私が何をしても彼はされるがままということですわ。


「うふふっ、あはははっ、気持ちいいっ」

「にゃ!? にゃににゃー」


 「やめろー」って、言っているようですけどそんなの知りません。

 にゃんこちゃんをベッドに抑えつけて、そのお腹に顔を擦り付けます。

 この香り、意外と癖になるのよね。


「日向の土みたいで香ばしくて、いいですわ」


 これを人の時にしていたら、痴女みたいでどう考えても危ない人ですけど、大丈夫です。

 これは単なるにゃんこちゃんですもの。

 思う存分、顔を擦り付けて、もふもふ具合を堪能します。

 『にゃーにゃー』と声での抵抗はするけど、暴れたら、私に怪我をさせるかもしれないと思っているのね。

 一切、抵抗しないでなすがままにされているのは優しいから、という理由以外にはありません。


 この陽だまりのぽかぽかした土みたいな匂いがいいの。

 にゃんこちゃんをベッドに押し付けた姿勢のまま、前足の肉球の匂いを嗅いでいて、ふと考えてしまいます。

 傍目にどう映るのかしら?

 でも、これくらいペットを飼っていたら、普通にあることですわ。

 気にしたら、いけないわね。

 匂いフェチではないのだし、少なくとも変態ではないはずだわ。


 今日は一日、この部屋から出られないとアンに伝えると宿の食事を部屋まで運んでくれることになりました。

 本当はにゃんこちゃんを抱っこして、軽く散歩に行きたいところですけど、抱っこして歩くには重すぎますし、何より重大な問題があります。

 散歩中にもし、元の状態に戻ったら、どうなるでしょう。

 全裸の少年を連れ歩く変態令嬢になりたくありませんわ。


「にゃんこちゃん。はい、あ~ん」


 にゃんこちゃんのお口に合うようにパンをちぎって、食べさせてあげます。

 もっちゃもっちゃと言わんばかりに頬張って食べる姿は愛らしくて。

 これは何ら、いつもと変わらない光景ですわ。

 もうこの餌付けにもかなり慣れてきたので抵抗なく、したりされたりでしたけど傍目には目の毒になると聞かされたのはつい先日のことです。

 恋愛小説でも良く描かれているので一般的な光景だと思っていたのですけど、違いますのね。


 今は一方的に食べさせてあげるだけですけど、仕方ありませんわ。

 にゃんこちゃんですもの。

 にゃんこちゃんにご飯をあげてから、軽く食事をとったところで見られても安全な場所に移動することにしました。

 その前に濡れてもいいように服を着替えましょうか。

 ん……面倒ですし、脱ぎましょう、ええ。


 服を脱ぎだした私にただならぬ殺気を感じたのか、にゃんこちゃんが焦っているようですけれど逃がしません。

 首根っこを捕まえ、小脇に抱えて、転移します。

 私、意外と力ありますのよ?


「にゃんこちゃ~ん、お風呂入らないと駄目よね? ニヤァ」

「にゃ!? にゃにゃあー」


 素肌ににゃんこちゃんのもふっとした毛並みが当たって、気持ちいいので抱き抱えて、そのまま、湯船に浸かります。

 にゃんこちゃんはしっかり両手でホールドしているので逃げられませんし、逃げる気もないようですわ。

 とてもおとなしいんですもの。

 観念したのかしら?


 このまま、もふもふ具合を堪能しながら、浸かっておきたいところですけれども、洗って差し上げなくては!

 昨晩は散々、洗っていただきましたから、お礼をしないといけませんわ。


 にゃんこちゃんはバラよりもフローラルの香りの方を好みそうですから、フローラルの香りがする石鹸を手に観念して、おとなしいにゃんこちゃんを泡だらけにしてあげます。

 泡だらけにするだけでも気持ち良くて、癖になりそうな手触りですわ。

 隅々まで洗わないといけませんから、頭から胴をまず、ゴシゴシとよく泡で擦ってから、手の先、足の先、尻尾と丁寧に洗っていきます。


「きれいになって、気持ちいいでしょ」

「にゃお」


 油断しているところ、お腹の方にも手をやって、丁寧に洗います。

 ええ、それはもう丁寧に洗わないといけませんでしょ?

 お礼ですもの、お・れ・い!

 大事なところですものね。

 興奮しているのかしら?

 指が粘つくのは泡のせいだけではなさそうですわ。


「にゃふぅ、にゃぅぅ」


 何だか、妙に悩ましい声でにゃんこちゃんが鳴いてます。

 息遣いも荒くて、どうしたのでしょう。

 気にせず、さらに優しく、丁寧に洗っている(扱いている)と指に何か、熱いドロッとしたモノがついたんですけど何かしら?


「えっと……? もしかして?」


 にゃんこちゃんを見るとさらに呼吸が荒くなっていますし、ふいと視線を逸らしました。

 これはつまり、アレで間違いありませんの?

 白く濁っていますし、何だか変な臭いがしますし、すごく粘ついています。

 やはりアレですよね?


 喜ばしいことなのに喜ばしくないような複雑な状況ですわね。

 とりあえず、現実逃避することにしました。

 汚れてしまったでしょうから、さらに丁寧に優しく、洗うのを続けたのです…続けたのですけれど……疲れましたわ。

 数えるのも少々、嫌になってきましたわ。

 きれいにしているはずなのに掌に掬えるくらいに出されたのですけど。


 諦めて、項垂れているにゃんこちゃんをタオルでくるんで部屋に戻ることにしました。

 これ以上、洗っているとにゃんこちゃんがさらに落ち込みそうですもの。

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