第20話 旅立ちに向けて

 ギルドホールに戻った私達の前にスキンヘッドの大男が立ちはだかりました。

 とはいえ、その顔には敵意の欠片も無く、清々しさすら感じられるようなものです。

 清々しいスキンヘッドの大男というのもやや、気味が悪い代物ですけど。


 持ち得る自分の力を過信することなく、正しく振るえるようになって、いい影響が出ているのかしら?

 短期間でここまで成長出来たのですから、人間はやはり、興味深くて面白い生き物ですわね。


「ガスコインさん、どうしたの?」

「兄貴! 姐さん! お勤めご苦労様でした!」

「……お勤めって何ですの?」

「仕事じゃない?」

「お二方とも間違ってるかと。この場合は……」


 アンがそっと耳元に口を寄せて、小声で『昨日の戦いでお二方が裏で動いていたのを感謝しているのかと』と伝えてきたので一応、納得は出来ました。


「姐さんから、お借りした武器最高でした。これはお返……」

「それなら、ガスコイン様に差し上げますので大事に使ってくださいな」


 少し、優しく遠回しな言い方をします。

 簡潔に申し上げると『面倒だから、話しかけてくるでない!今度話しかけてきたら、殺すわよ?』ということですわ。


「そ、そうですか。あ、ありがたく使わせてい、いただきますです、はい」


 どうして、私を見て、そんなに怯えているのでしょうか?

 良く分かりませんわ。

 ふと隣のレオを見ると『リーナ……抑えて、抑えて』と手でジェスチャーをしています。

 え?

 もしかして、室温が低下していたのかしら?


「あ、あら、ごめんなさい。レオと二人の方がお話しがしやすいでしょう? 私がいてはお邪魔でしょうから、アンとあちらの方で待っていますね」


 男の人は男の人同士で喋る方が喋りやすいでしょうし、私もレオや家族以外の男の人との会話は苦手ですもの。

 苦手というよりも拒否反応ですわ。

 逃げたのではありませんからね?


 🦊 🦊 🦊


 ギルドホールに設けられたフードコートでレオを待つ間、アンとオーカスと一緒に軽食を取ることにしました。

 元々、私は小食なのでお茶を飲むだけですから、主に食べる担当はオーカスですけど。


「アンは船の旅をしたことあるのかしら? 私、前世を含めても一度もありませんの」

「あたしもありませんね。前世では何度かあったんですけどね」

「私が得意なのは氷魔法でしょ。それなのにどうも水と相性が良くないのですわ。過去に溺死した記憶がありますし、そのせいかもしれませんわ」


 魔法の分類体系によれば、氷属性は水属性の亜種と分類される場合が多いのです。

 雷属性が炎属性の亜種と分類されるのと同じでかなり異なりますわ。


「溺死……あまり、体験したくないですね」

「溺死なんて、まだいい方ですわね。縊死、焼死、轢死……どれも中々に痛かったですわ。矢が刺さるのも体験したくない痛みだったわ」

「ひぇ」


 私達の会話内容を聞いても何ら、関心を示さないでひたすら、目の前の食べ物を口に入れていくオーカスは大物ね。

 単純に何も考えてないだけとも言うけれど。

 ニールも食べそうな顔をしていたのでお茶請けとして、注文したパンケーキを切って、口に運んであげると『ママ―、これ、おいしー』と評価が高い……のではないわね。

 ニールは単に甘い物が好きなだけの子ですから。

 要は甘ければ、何でもいいのでしょう。

 パンケーキというより、かかっている甘いシロップが気に入ったみたいね。


「レオは楽しそうね。それとも男の人同士だと喋りやすいのかしら?」


 レオが例の大男他、若い冒険者に囲まれ談笑しているのを横目で見つめながら、一応、アンに聞いてみます。

 アンも恋愛経験がないはずですし、そもそも男性との接点が仕事上しかないのですから、頼りとなる答えが得られるかは少々、怪しいのですわ。


「そうかもしれませんよぉ。女子会は女子だけだから、盛り上がるじゃないですか?それと同じですよぉ」

「そうなの? アンは意外と知っているのね」

「いえ、それほどでもないですって」


 素直な感想を述べただけでしたのにアンが照れるものですから、こちらの調子が狂ってしまいますわ。


「アンは城に残りたくはなかったの? 付いてきて辛くはないかしら?」

「お嬢さまのお側にいることがあたしの喜びでお嬢さまが幸せになることがあたしの幸せですからっ! 城にいたって、じじいやハルトと顔付き合わせるの面倒じゃないですか」

「ありがとう、アン。あなたが望む限り、ずっといてもいいわ」

「この命尽きるまでお嬢さまの側に」


 二人で見つめ合って、手を握り合っていると傍目には変に映るかもしれません。

 立場としては雇用主である公爵令嬢とそのメイドですもの。

 でも、私とアンの関係は出会ってから、十年近く変わりません。

 家族のような近さに加えて、誰にも言えない秘密を共有する魂の友と言えばいいのかしら?

 実際、魂の連鎖ソウル・リンクで繋がっているのだから、似たようなものですわね。


「リーナ、終わったから、帰ろっか。その前にっと」


 そうこうしているうちにレオの話が終わったようで私達の席に近付いてくると無言で口を開けました。

 ここでそれを要求しますのね。


「はい、あ~ん」


 さすがに人目の多いところでやるのは恥ずかしいのですけど、これは口を開けて食べさせてもらう側の方が恥ずかしさは上ではありませんの?

 食べさせているのに顔が火照って、熱いなんて!

 納得いかないですわ。


 ⚓ ⚓ ⚓


 冒険者ギルドを出て、そのまま宿に帰るのではなく、波止場に向かっています。

 以前、約束したジーグリット様にお会いするのが目的です。


「アラーリック叔父さんの船ってことは北に向かうのかな? 何が目的だと思う?」

「家族として会いたいだなんて、単純な理由ではないと思いますの。北は政情不安の地ですし、あの方は元々、北の出身ではありませんか?」

「そうらしいね。僕はまだ、小さくて知らなかったけど血の繋がりがないのは知ってたよ。それでも叔父さんは本当の家族だったけどね」


 アラーリック・フォン・アインホルンは私とレオにとって叔父にあたる人物ですけれど、血縁上の繋がりはありません。

 彼は前々カルディア公、つまりレオのお祖父さまにあたる方の養子だからです。


「でしたら、なおさらのこと、家族を不穏な地に呼ぶのはおかしいのではなくって? 恐らく、何らかの理由があるとは思うのですけれど……ただ、少なくともあの方は敵でないのは確かだと思いますの」

「僕もそう思う。それに敵になりたくないかな」

「ええ。心から、そう思いますわ」


 バノジェの波止場は思っていた以上に整備が行き届いた立派な建造物でした。

 大型船が停泊出来るように整備が行き届いているようですし、何より活気に満ちていて、行きかう人々の目が生き生きしているようです。


「ねえ、レオ……あれって」

「潜水艦ぽいよね、あれ」

「普通の船じゃないですね。どう見たって、あれは異世界の影響ですよぉ」


 そこに停泊していた一隻の大型船を見た私達の第一印象はでした。

 それは私達三人が前世で日本という国にいたせいかしら?

 陽光に煌めく銀色の流線型の大きな船はどう見ても映像で見たことのある潜水艦そっくりだったからです。

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