第19話 想いと月が満ちる

 窓から差し込んでくる眩い光に照らされて、次第に覚醒していく意識に従って、ゆっくりと瞼を開くとレオの顔が目の前にありました。

 人が驚いた場合に取る行動は大まかに二つ。

 頭の中を多くの情報が駆け巡り、混乱を来した結果、突拍子もない行動を取ってしまうか、情報過多で思考が停止して身動き取れなくかでしょう。

 私の場合は後者でしたのね。

 

 近すぎて、私が頬ずりしているように見えるくらいの距離感に心臓がおかしくなるくらいにドキドキしています。

 今、気付きましたけどレオの上に完全に乗ってますけど!?

 それもぴったりと密着して、お互いの体温が感じ合えるくらい……近いですわ!

 近すぎますわ!


「う、動けないし……」


 おまけにしっかりと抱き締められていて、離れようにも離れられません。

 身動き一つすら出来ない有様ですわ。

 嬉しいし、幸せなのですけど恥ずかしいし、それに…ちょっと力強すぎて、痛いような気がするのですけど、気のせいよね?

 幸せには痛みが生じるものと聞きましたわ。

 きっとそういう痛みなのね。

 そう考えることにして、レオが起きるまでもう少しだけ、休むことにしました。


 🦁 🦁 🦁


 二度目の目覚めは違う意味で心拍数が上昇しました。

 レオの顔が目の前というのはさっき体験しましたけど、その瞼が開かれていて、私をジッと見つめてくる熱っぽい瞳に気付いてしまったのです。


「おはよう、リーナ。よく寝れた?」

「お、おはようございます、レオ。はい、寝られましたわ」


 嘘ですけども!

 全く、寝られませんでしたし、節々が痛みます。

 なぜ、私が上に乗っかっている姿勢で寝ているのかしら?

 昨日、寝てからの記憶がいまいち、はっきりしないのよね。


「そろそろ、どいてくれると僕も起きれるんだけどなー」

「え? あっ、はい」


 ええ!?

 私が悪いんですの?

 手を放してくれないと動けなかったのですわ。

 何か、負けた気がしてなりません。

 おかしいわ、納得出来ないわ。

 まるで私がレオを押し倒したと言わんばかりですわね。

 あら?

 そう言えば、昨日、私はいつの間にか、寝てましたわ。

 起きたら、レオがいないものですから、不安になって。

 それで、えっと……昨夜の出来事を完全に思い出しました。

 顔色が悪くなっていると自分でも分かりますわ。


「あ、あのレオ。昨日、私は変なことを言いませんでした? それに何か、その……変なことはしてませんよね?」

「僕が変って思わない限り、変じゃないから! 変なことを聞いてもいないし、変なこともされてないよ」

「それって、つまり、何か、ありました? ねえ、ありましたでしょう?」

「朝まであの状態で寝ていただけだよ? 気にすることないって」


 それを気にしているのですけど、この感覚の違いはどこまで語り合っても平行線を辿る気がするので諦めることにしましょう。

 年上ですもの。

 ここは譲歩するくらいの余裕を見せないといけませんよね?


 🦊 🦊 🦊


 先日、買ったばかりの互いの色を纏ったテイルコートとワンピースドレスを着て、お出かけすることに決まりました。

 ただ、着替えているところを観察していいとは一言も言ってませんけど。

 着替えの間は後ろを向いている約束だったはずなのに譲歩させられて、いつの間にか、生着替えを見たいに変わっているのですわ。

 それを拒めないのは私の責任なのですけれど、ドレスに着替えるくらいどうということはない。

 全てを脱ぐのではないから平気などと甘く、見たのが悪かったのかしら?

 ジッと見つめられながら、着替えるのがあんなに恥ずかしいこととは思いませんでしたわ。

 譲歩した以上、『もう恥ずかしいのでやめましょう』はないのです。

 レオは聞き入れてくれるかもしれませんけど、私の矜持がそれを由としませんもの。


 アンも先日、買ったばかりの白いメイドワンピースを着ていました。

 彼女の濡れ羽色の髪とコントラストを描く組み合わせのコーディネートですから、いつも以上にかわいく見えますわ。

 彼女と手を繋いで一緒に歩くオーカスもまるでちっちゃな王子様のようです。


 アンはかなり重度なメルヘンの世界の住人です。

 私に着せようと選ぶドレスもフリルやレースをふんだんに使った絵本のお姫様のをイメージしたものばかりでした。

 ですから、オーカスに王子様風アレンジというチョイスはあながち、おかしくはありません。


 肩にちょこんと乗っているニールには頭と胴に白いリボンを結んでお洒落をさせています。

 とてもかわいいのですわ。

 ニールだって、女の子ですもの。

 何もお洒落なしなんて、可哀想でしょう?


「あの……レオ、先にお祖父さまと爺やに例の件をお伝えしておくべきと思うのですけど、よろしいかしら?」

「うん、すぐ終わるよね?」

「ええ」


 転移の魔法で門を展開させ、くぐった先はアルフィン城にある爺やの研究室です。


「爺や、お久しぶりですわ。言うほど日は経っておりませんけど」

「わざわざ、やって来たということは何か、あったのじゃな?」

「あった、というほどのことでもありませんけれども……」


 人によって煽動されたオークがバノジェを襲撃しようとしたこと、その背後にバノジェの権益を狙ったツェルクト子爵が絡んでいることを爺やに掻い摘んで伝えました。

 話を聞き終えた爺やは『かっかっかっ』と楽しそうに笑うと『イシドールにもわしから伝えておこう。リリーは安心して、帰ってよいぞ』と仰いました。


「レライエの新たな身体も順調に生成が進んでおる。安心して、旅を続けるがよかろう」

「それではまた……お祖父さまにもよろしくお伝えくださいませ」


 別れの言葉を伝えて、戻ろうとすると爺やに呼び止められました。


「これを持っていくとよかろうて」

「これは? 魔装具ですの?」


 爺やは私に小さなアクセサリー――イヤリングを三点、手渡しました。

 一つは星、一つは三日月、最後の一つは三日月と合わせると満月になる欠けた月。


「この魔装具があると連絡が簡単なのじゃ」

「随分と便利な物が発明されたのですね」

「そうじゃな。新発明じゃからな。ではまたの!」

「ええ、それではまた……」


 再び、門をくぐり抜ければ、そこは先程まで皆と歩いていた通りです。

 行き交う人が一瞬、ギョッとした表情になり、ざわついてますけれど原因が私と分かると次第に収まっていきました。


「おかえり、リーナ」

「おかえりなさい、お嬢さま」

「ただいま戻りました。レオ、アン」


 そう言って挨拶の代わりのように軽く口付けを交わします。

 先日の戦場で情熱的に交わした口付けのせいでやはり、癖になっている気がしてなりませんわ。


「それでレオとアンにもこれをと……」


 アンに星の形をしたイヤリングを渡し、レオには三日月を渡しました。

 私の手元に残っているのは欠けた月。

 何も言わずに右の耳をレオに近付けて、イヤリングを付けてもらいやすいように少し、身を屈めます。

 察しの良いレオはすぐに動いてくれるのですけど、慣れていないせいか、手間取っているようです。

 このやり取りだけで幸せな気分を味わえます。

 まさか、爺やはそれでイヤリングを!?

 ないですわね……。

 爺やですもの。


「どう、似合っているかしら?」

「うん」


 今度は私がレオの左耳に欠けた月のイヤリングを付けてあげます。


「二人で一つなの知っていましたのね?」

「そうなんだ? 何か、いいね!」


 二人の月を合わせると満月になるなんて、ロマンチックでいいと思うのですけれど、誰のアイデアなのかしら?

 この世界には月がありません。

 それなのに三日月を知っているなんて。

 不思議に思わないこともありませんけども、とても素敵なアイデアですわ。


 ⚓ ⚓ ⚓


 それから、冒険者ギルドを訪れるとまた、支部長室に案内されました。

 いいのかしら?

 Dランクの冒険者を何度も招くなんて、不審に思われません?


「ごきげんよう、ジローのおじさま」

「おう、よう来てくださった。ささ、お茶でもどうぞ」


 お茶とお茶菓子を脇目も振らずに食べ始めたニールとオーカスを横目に私達三人は促されるままにソファに着席します。


「爺や、ジェネラルは倒したけどその裏の事情ってのも知ってたんだよね?」

「ふぉふぉふぉ、バレておりましたか。さすがですのう。どこぞの貴族かが絡んでいることまでは突き止めておりましたのじゃ。ところが尻尾を中々、出さぬ奴でしてなあ。殿下と姫君のお陰で炙り出せましたがの」

「どこぞの貴族かの始末はどうされるおつもりですの?」


 私の問い掛けにジローのおじさまの表情が険しくなりました。

 予想通り、ギルドで処理出来る案件ではなかったということですわ。


「お察しの通り、ギルドでは手が出せませんのじゃ。相手が相手ですからのう」

「そうだとは思ったよ」

「ではその件は私の方で秘密裏に処理致しますわ」


 既に処理するように手を回していることなんて、おくびにも出しません。


「それで証拠の首と鎧はどうすれば、いいかな? ここで出すと迷惑でしょ?」

「ふぉっふぉっ、大丈夫ですぞ。出してくれてもわしは平気ですじゃ。掃除は若いものがするからのう」


 ジローのおじさまはそういう人でした。

 何しろ、片腕を失くし騎士を引退してもめげることなく、農作業に生き甲斐を見出していた方ですものね。

 とはいえ、私が収納ストレージから、血塗れの豚の生首と意匠が施された逸品とすぐに分かる防具一式を机の上に出すと引いていましたけども。

 それでもすぐに冷静さを取り戻し、討伐したジェネラル及びソルジャー分の報酬を渡してくれました。

 ただ、『Cランクにならんかのう?』という申し出だけは丁重にお断りしました。

 ついこの間、ギルドに入ったばかりでまた、ランクアップするのはよろしくないと思いますもの。


 名残惜しいものを感じながらも支部長室を退室し、ギルドホールへと出た私達ですが、また例の大男さんに絡まれるとは思ってませんでした。

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