閑話2 レオンハルト悩む

 緊急クエストから、宿に戻った僕は疲れ果てて、ぐったりしているリーナを抱えて、ベッドに寝かせてあげる。

 スースーと軽やかな寝息を立てて、眠っているリーナを見ると僕とあまり、年齢が変わらないように見える。

 こういう時はあどけなさが前面に出てきて、かわいいんだけど夜になるとちょっと大人びて見えてくるというか、妙な色気があるんだ。

 これが婚約者がかわいすぎて辛いってやつか。

 でも、五歳上と思えないのは僕に前世の記憶があるせいだろうか?


 それもあったし、気になることがあったから、アンさんに聞いてみようと思い立った。

 リーナが寝ている時でもないと出来ないことだからね。

 彼女とはいつも一緒にいるし、いないと不安になるのか、普段落ち着いている彼女からは想像もつかないくらい精神不安定になる。

 とても一人にしておけないんだ。


「アンさん、すいません。レオです。ちょっとお聞きしたいことがあって」


 扉をノックすると暫くしてから、アンさんが現れて、中へと招かれた。

 リーナのメイドとして長年勤めているだけあって、僕を部屋へ招くと同時にもうお茶の用意までしてるんだから、プロは違うね。

 僕がテーブルに着くとお茶を淹れてくれるけど、自分は決して座ろうとすらしない。

 さすがプロのメイドさんだ。


「アンさんも座ってくださいよ。僕の方が落ちつかないんで」

「はぁ。ですがあたしはメイドですのでお嬢さまはともかくとして、殿下相手には不敬ではないかと」

「そんなの気にしないから、座って」


 渋るアンさんに無理強いするようで心苦しいけど席に着いてもらった。

 お茶を飲みながら、話をした方がいいと思うんだ。


「実はリーナのことなんだけどさ」

「お嬢さまのことって、何か、問題がございましたか? ま、まさか、婚約破棄などをお考えなので!?」


 普段、冷静なアンさんが突如、アワアワとした表情で慌てだすのでこちらがお茶を噴出しそうになる。

 どこから、婚約破棄の話が出てきたんだろう?

 いや、何でそんな発想をするんだ?


「ち、違いますって。そうじゃなくて! 僕がいなくなって、十年経ってるんですよね?」

「は、はい、確かにそうなっています」

「それなのに戻ってくるか、分からない僕を……リーナはずっと待っててくれたんですか?」


 アンさんはキョトンとした顔になって、やがて合点がいったとでもいうように頷いた。


「ええ、お嬢さまはずっと、待ってらっしゃいました。殿下との婚約はなかったこととして、別の縁談の話が持ち上がったこともあるんです。でも、それを全部断ったのはお嬢さま自身です」

「そうなんだ。リーナは人気あったでしょ?どう考えてもあると思うんだけど」

「ないですよ? お嬢さまは自分が美少女という自覚がないんです。あたしのことをかわいい、きれいと褒めてくれるので美的感覚がおかしいとかはないと思うんですけど、自分の容姿は評価外らしくて。それに……」

「そ、そうなんだ。意外だな。それに……どうしたの?」

「殿下は今の感情表現が豊かなお嬢さまを見ていらっしゃるので感じないと思うのです。この十年の間、お嬢さまが魔法を使えて、感情を表すようになったのは記憶を取り戻されてからなんです。それもつい最近。ここ一ヶ月の話なんです。それまでのお嬢さまは感情が表に出ない方だったので……学院では人形のようなんて、陰口を叩かれていたことまであるんです」

「知らなかったよ。そんなことリーナは一言も言わなかったから」


 暫くの間、僕達の間に会話はなくって、無言で静寂が場を支配していた。

 僕はもう一つ、聞かなきゃいけないことがある。


「それでさ、アンさん。もう一つ、聞きたいことがあるんだ」

「はい、なんでしょ?」

「あなた、大賀美さんだよね?」

「……」


 アンさんの顔から、感情が消えたように無表情になった。

 それは怖いくらいに無表情だ。

 暗殺者アサシンって、こういう表情で人を殺すんだろうなってくらい。

 あぁ、そう言えば、アンさんって……クラスは暗殺者アサシンだっけ。


「そんな怖い顔はやめてよ。僕は大賀美さんのこと聞いてたんだ、百合からね」

「百合? 百合ちゃんのことをなぜ、殿下が!?」

「僕が百合の従兄だったからだよ。百合から、聞いたことない? 歴史の本をやたら、持ってくるお兄さんがいるって、言ってなかった?」

「はい、お兄さんだけど実の兄じゃなくて、その人がいつも歴史の本を持ってきて、一緒に読んでくれて、楽しいってよく話してましたね。そのお兄さんが殿下だったんですか?」

「うん、そうなんだ。多分、僕の前世の一つだとは思うんだけどずっと忘れてたんだよね。そのせいであっちの世界に飛ばされた時、言葉分からなくてさ。酷い目にあったんだよね」

「そうなんですか」


 少し、気分がほぐれたのか、僕に抱いていた警戒心が薄れたのか、表情が柔らかくなったと思う。

 下手に攻撃とか、されたらどうしようかって思っちゃったよ。

 僕の暴食は勝手に動いちゃうから、危ないんだよね。


「それでさ……聞きたいことはアンさんが大賀美さんかってことじゃないんだ。アンさんは知ってた?」

「え? な、何をです?」


 何の話か、全く見当がつかないって感じかな。

 アンさんの表情に疑わしい部分は何もない。


「百合はリーナだったってこと」

「えぇ? 百合ちゃんがお嬢さま!? 知りませんでした、知ってたら……いえ、だから、お嬢さまのこと、初めて見た気がしなかったのかなぁ」

「多分、前世の記憶が何となく影響したんじゃないかな。それじゃ、アンさんは知らないだろうね…」

「はい?」

「百合が何で死んだのか、知ってる?」

「病気ですよね? 彼女は体が弱くて、ずっと病院いたから、あたしが行くとすごい喜んでくれてて」

「違うんだ。百合が死んだのは病気じゃないんだ……。殺されたんだよ」

「そ、そんな……誰にです? 何で?」

「誰が殺したのか必死に探したけど、分からなかった。あの頃の百合は確かに病状が悪化していた。でも、それで命を落とすほどのことはないって、まだ皆、安心してたんだ。それなのに病院からの連絡で百合が死んだって。呼吸器を外されたんだよ。故意にね」

「百合ちゃんが何したっていうんです!彼女はずっと病気で苦しんでて……それでも懸命に生きてたのに」

「それでね、僕も殺された。百合が誰に殺されたか、調べていて、それで……ホームで押されたんだ。気付いた時には光に包まれてた」

「何が起こっていたっていうんですか?おかしいじゃないですか、何もしてない百合ちゃんや殿下が何で……」

「それで気付いたことがあるんだ。リーナって、恐らく……十八歳を迎える前に死んでる。百合も死んだのは十七歳の時だった」

「え? ええ? お嬢さまは今、十七歳と八か月ですよ!大丈夫なんでしょうか」

「うん、今度は多分、大丈夫だと思うんだ。僕もリーナも……多分、平気だよ。もっとも危険な因子は除いておいたからさ」

「そう……なんですか。良かった」


 僕の言葉にアンさんは落ち着いたらしく、ようやく表情がいつもの冷静な感じを取り戻したようだ。

 でも、僕の大丈夫はあくまで予想だから、絶対のもんじゃない。

 リーナが十八歳になる日までは油断しない方がいいだろうな。


「さてとアンさんと色々、話せてよかったよ。そろそろ戻らないとリーナが起きちゃうかもしれない」

「はい、殿下。あたしも色々、知ることが出来て、良かったです。あたしは全力でお嬢さまと殿下の幸せを守りますからねっ!」


 そう言って、ウインクをしてくるアンさんの表情はとてもチャーミングだった。

 リーナがアンに幸せになってもらいたいと言っていたけど、この人、自分の幸せに興味ないんだろうって、良く分かった。

 アンさんの幸せはリーナを幸せにすることでしか、実現されないんだ。


 アンさんに別れを告げて、部屋に戻るとベッドにいたはずのリーナがいなかった。

 あれ?と思って、振り返るとそこにはやや髪の毛が逆立って、やや吊り目気味の目をさらに吊り上げ、僕を見つめてくる……いや、睨んでいる怖いお姉さんが立っていた。


「レーオー、私が寝ている間にどこ行ってましたの? ねぇ、どこですの? 早く、言いなさい」

「ちょっと下の階、行ってただけだって」


 襟首掴んで迫ってくるのは相手がすごい美少女でも怖いってことが良く分かった。

 浮気した訳でもないのにギュウギュウ締めてくるし。


「下の階に何しに行きましたの? ねぇ、何しに行きましたの?」


 そのまま、ベッドに押し倒されたんだけど、これはどういう状況かな?

 いつもだったら、夜に僕がマッサージするだけでも頬を赤らめて、ものすごく恥じらっている感じがかわいいのに今は……ちょっと怖くない?


「レオー、やだー、捨てないで。私を捨てないで……」

「ち、ちょっとリーナさん? おーい、リーナさん?」


 こいつ……すごい剣幕で押し倒してきた癖にそのまま、寝てる!

 思い切り、体重かけられて、上に乗っかられているままで動けないし。

 いくら、リーナの胸が控えめって言っても当たっている部分は気持ちよくって、僕の僕が元気になっちゃうけど、リーナは寝てる訳で。

 これは生殺しってやつじゃないか!!


 結局、僕はリーナに乗っかられたまま、寝なきゃいけなくなったんだ。

 彼女は何も知らずに気持ち良さそうに寝息を立てて、幸せそうだったから、そのまま、そっと抱き締めて、僕も寝ることにした。

 どうして、どかさないのかって?

 体重軽そうだから、楽なのにって?

 そんなことして、起きちゃったら、可哀想だからね。

 このまま、寝ておいて、彼女が気持ち良く起きられるなら、それでいいよね。

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