写真と闘争(ライバル)心

 次の日。

 体育館の裏では、お調子者の富田が写真を売りさばいていた。客は男子ばかりだった。

「さあ、早い者勝ちだ! 寄ってけ見ていけ、買わなきゃ損損!」

 ござに三十枚ほどの写真を並べ、集まってきた男子たちに次々と売っていく。

「この富田、写真の注文も承りますよー!」

「じゃあ、本宮亜紀のパンチラ!」

「それ、女子に見つかったら殺されるから却下」

「本宮亜紀のスマイル写真!」

「おおっ。それは挑戦のしがいのある難題だ。だが、まかせたまえ。必ず任務は命にかえても遂行しよう」

 富田はどーんと胸をたたいた。

 たのもしい~、と周りにいた男子たちが称賛の拍手を送った。

「…おっと。諸君、このことは内密に。とくに今こっちに鬼の形相でやってくる女子には…」

言いきる前に恐怖の声はかかった。

「と~み~た~くん? なにやってるのかしら?」

その声の持ち主は、だれであろう大道寺みかるだった。

 目がいつもよりつり上がっている。

「く、九条の写真は売ってないぞ!」

 富田がみかるに見えないようにポケットの奥に写真を突っ込みながら身の潔白を主張した。

「そんなことは聞いてないわ。噂で聞いたところ、蓮以外にも女子のいやらしい写真を大量の写真を売りさばいてるとか? クラスメートたちがあたしに相談してきてさぁ」

「いやあー、まさか。ねぇ?」

 富田が見たところに人影はなかった。

「あのバカ男子たちなら、もう逃げたわよ」

 きょろきょろする富田にみかるが教えてやった。

「まじで? あいつら逃げ足速いな~」

 富田は口では感心しながら、うらやんでるような顔をした。 

「それにしても男子の客が増えたわね。前は、蓮の写真を求めてくる女子が多かったのに」

 富田の写真をのぞきこもうと首をのばしながらみかるが言った。

「それが、ここ最近、本宮さんの写真がバカ売れでさー。もう本宮写真の常連客なんてのもいるのよ」

「はぁー? どこがいいのよ、あんなのの!」

「おれに言われても困るよー。買ってんのはおれじゃないんだし。この売れ行きなら、一財産築いて、新しいカメラでも買えるかもな。そのうち、編集して本宮亜紀の写真集でも売ろうかな~♪」

「あんたサイテーね……」

「へへへ、それがウリなもんで」

 へらへらと笑って富田が言った。

「それよりも奥さん、奥さん。ダンナの浮気証拠写真を見たくありません?」

「浮気って何よ」

「いやいや、うちの部員がいいネタをとったもんでね。九条蓮と美少女の仲よさそうな写真」

「だれ、相手は?」

「それは、見てのお楽しみ♪」

「……っくぅう」

 悔しさを通り過ぎて笑い顔になりかけたみかるの口元がゆがんだ。

「…べつに見たくないし」

 そう言いつつも、みかるの手は半分かばんの中に入っている。

 富田の視線に気づいたみかるは、うっとうめき声をあげた。

「い…いくらよ」

「まいど♪」

 富田の口がのびて横に広がった。


 昼休みも終わって、みかるが教室にもどってきたところで、蓮はみかるに声をかけた。みかるは深刻そうな顔をしていた。

「みかる、どうかしたのか?」

「……べつに」

 蓮はみかるが腹痛で悩んでいるときの表情に似ていたのでそのせいだろうとあまり気にしないようにした。

 その後何度か話しかけても、みかるはうめき声を上げるだけで答えなかった。


 帰り道でも、みかるは沈黙を守り続けた。

 そして、もうすぐで家にたどりつくというところで、みかるが口火を切った。

「ねぇ、この写真なに?」

「へ?」

「とぼけないでよ」

 とぼけるつもりがあったわけではなかったが、口から出た言葉はまぬけだった。

「あの子に何されたの?」

 みかるが真剣みがかった顔で聞いてきた。蓮はあわてて、周囲を見回した。近隣に住む人たちが興味深そうに蓮とみかるのやり取りを見守っている。

「え、いや何も……」

 蓮は気が気でなく、口ごもった。それが、帰って怪しく見えたらしい。みかるの目がつり上がった。

「ちゃんと説明してよっっ!」

「わ、わかった。ここじゃ丸聞こえだから、とりあえず家に入ろう……」

 みかるの背を押して、家にうながした。


 家にはだれもまだ帰宅していなかった。いつもなら母がいるのだが、今は買出しに出ていて、テーブルの上に書置きがしてあった。スーパーで夕方から卵が大特価らしい。

「お茶いる?」

 キッチンに立った蓮がみかるに聞いた。みかるはテーブルについて、もんもんとした表情をうかべていた。

「んん。昆布茶を一杯ちょうだい」

 ポットでお湯をわかし、昆布茶をいれてだすと、みかるは何も言わずに手をつけた。

蓮は何も飲む気持ちにはなれずに、向かいのいすに座って審判を待った。

 やがて昆布茶を飲み終えると、みかるは深く息をついた。

「で? 写真の話は?」

 みかるが意地悪そうに蓮の目の前で写真を揺らした。

「蓮。この写真に覚えはあるの?」

 本当のことを言うなら、「ある」としか、いいようがなかった。

 階段から本宮が落ちて、蓮の上に乗っているときの瞬間が写っていた。そんなに長いこと本宮は乗っていたわけではないので、居合わせた写真部員はかなりタイミングよくシャッターを押していたようだ。

 これでは、本宮に蓮が押し倒されているようにしか見えない。そして、みかるもそう捉えているようだった。

「いや、ほら、この前、パソコン室のときにプリント運んで遅くなっただろ? あのときに」

「そんなの聞いてないわよっ!」

 思ったとおりの反応をみかるがしたので、蓮はあらかじめ用意しておいたクッションで身を守ることができた。みかるは自分の座っていたクッションを放り投げていた。

そこに、電話が鳴った。

天の助けだとばかりに蓮はソファから立ち上がった。だが、みかるの方が一足早く電話に向かっていた。

「いいってみかる」

 蓮は受話器をとろうとして、みかるにかわされた。

「いーの、わたしが出るの。ハーイっ、もしも~し?」

 そこでみかるの表情が変わった。

「…はい……います。…はい、変わります」

「だれ?」

「本宮亜紀」

 蓮がみかるから受話器を受け取った。

「本宮? 何の用だろ」

 それから少し話した後、蓮は電話を切った。

 みかるはぶすくれた表情でソファに足を組んで座っていた。

「なんの要件だったわけ?」

 もどってくるなりみかるが聞いた。

「ただの部活の連絡だよ」

「部活? テニスの?」

 聞かれて、蓮は一瞬のためらってから口を開いた。

「そうだよ。マネージャーなんだから別にこれくらい普通だろ」

「…ふーん」

 それから、蓮はテニスの雑誌をみることに没頭していた。その間、みかるは蓮の持っている携帯ゲームにはまっている…ように見えた。

「……ねぇ。蓮は本宮さんとどういう関係なの?」

 突然みかるが聞いた。

 答えるのも面倒に蓮はみかるの顔を見た。

「……クラスメートだけど。みかるだって同じクラスだろ」

「そうだけどさぁ」

 みかるはそっぽを向いた。

蓮の母が帰宅した。蓮は助かったと思った。

「ただいま~。あら、みかるちゃん来てたの」

 蓮の母は、買い物袋を床に置いて、蓮の後にみかるを見てほほ笑んだ。

「あっ、はい」

「今日、夕食食べて帰る? すき焼きにしようかと思って、お肉たくさん買ってきたの」

「えーいいんですか? 食べたいです!」

 みかるが取り繕ったような明るい声で言った。

 その胸の内では、本宮亜紀への闘争(ライバル)心に燃えていた。

 ―本宮亜紀をこのままにはしておけない!―

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僕らは世界を共有する 玻津弥 @hakaisitamaeyo

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