第8話 お手紙
そんな僕を見て兄上は、懐から白い封筒を取り出して僕の目の前に置いた。
「もう一つのお願いはこれ。」
「手紙・・・??」
「彼女からお前宛に預かっていた手紙があってね。」
「は!?ペルから!?」
僕はひったくるように手紙を奪い取り中身を見る。優しく、紳士的に受け取る余裕は無かった。破るように蝋印を剥ぎ、手紙を取り出す。
そこには、達筆な文字でこう書かれてあった。
『
ファイーブへ
これを読んでいるということは、貴方は私を殺したという事でしょう。
心優しいあなたのことです。きっと私の為に泣いてくれたのでしょう。
こういえば不謹慎だけれど、私の為に泣いてくれて嬉しいですよ。
これを読んでいる貴女は今、どうしていますか?
泣き虫な貴方のことです。きっと泣いて泣いて、飲まず食わずで泣いて、夜通し中私のことを思ってくれていることでしょう。
不摂生な生活を暮らしているのでしょうか?
休息の大切さを教えてくれたのは貴女ですよ。
体は資本なのでしょう?
‥‥さて、本題に移りましょうか。
一つだけ言わせてください。
貴方は悪くない。貴方のしたことも、何故したのかも、その必要性も理解しています。
けれど女神教は私の人生だった。
私の故郷だった。
そこは私の家族でした。
そして被検体121番、レッド=ホワイトマスクは私の兄でした。
例え貴方が悪くないと頭で分かっていても。貴方のことが愛おしいと思っても。これが八つ当たりだと分かっていても。
それでも貴方を恨むことは辞めれませんでした。
どれだけ自分の感情が矛盾していると分かっていても。どれだけ私の我儘だと分かっていたとしても。それでもあなたへの憎悪が消せなかった。
貴方のことを想えば想うほど。愛憎は紅蓮の如く私の心を蝕んでいきました。
ごめんなさいファイーブ。貴女に辛いことを強いた私をどうか攻めてください。貶してください。それは貴方にだけ許された権利です。
ねえ、ファイーブ。
貴方は私のことを素敵だと言ったけれど。貴方はきっと私を勘違いしている。
だってこんなにもあなたのことを苦しめるのですもの。
私は強くない。心も、体も、何もかも脆弱で、恨みに流される愚かな人間です。
貴方が私を慕うのは、母として私を見ているからなのです。
幼い頃に母を亡くした貴方には縋る相手がいなかった。
貴方は恋しい母を、甲斐甲斐しく世話する私と思い重ねたんです。
貴方は愛と恋の違いが分からなかった。
だからこんな卑しい私を、こんなにも愚かな私に情愛を向けたのですよ。
ねえファイーブ。貴方の周りには貴方そのものを見せれる相手はいますか?
貴方には甘える相手がいなかった。貴方には弱みを見せれる相手がいなかった。貴方には失敗を見せれる相手がいなかった。
周りは利発なあなたに期待し、そんな相手は用意されなかった。
貴方は子供でいられなかった。
貴方は強くあらねばならなかった。
それが貴方の生き方だと分かっていたとしても。そうすることが貴方の誇りだとしても。その生き方は辛かったでしょう。
だから私に甘えて、心を許して、怒って、泣いて、笑ってくれて。無邪気な子供に戻ってくれて。私は嬉しかったですよ。
これを読んでいる頃には私はいないでしょう。きっと死んでいることでしょう。貴方の嫌いなスリー様から話を聞いていることでしょう。
もしかしたら私のことを恨んでいるかもしれません。私のことを憎んでいるかもしれません。それは貴方に許された権利です。
それでも言わせて下さい。
貴方は私の自慢の人です。
私は貴女を殺したいほど憎んでいます。
そしてそれと同じぐらい貴方の事を心の底から愛してます。
ペル
』
・・・・なんだよ。
・・・・なんなんだよ。
あの老人臭い口調はないのかよ。
あれは只のキャラ付けだったのかよ。
ははは、そうじゃないだろ。
愛してくれたんだ。
彼女は、僕を愛してくれたんだ。
例え憎しみがあったとしても。
確かに愛してくれていたんだ。
「さて、そろそろ遺体は焼けて骨だけになったかな。」
窯から取り出した棺の中で眠っている彼女は、博物館でみるような骨になっていて。
白く、滑らかで、所々罅割れていて焦げていている、美しい骨だった。そして錯覚なんだろうけど、その頭蓋骨は僕を見て微笑んでいるようだったんだ。
ああ、くそ。
涙が止まらないなぁ。
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