第7話 迷言オンパレード
「まぁ、信じないだろうとは思ったよね。」
あっさりと。あっさりと彼は僕の怒りを受け止めた。それが逆に、僕の怒りを消火する。そしていつものように、もう何度目になるのか。目を瞑って幸せそうに、謡うように言葉を投げる。
「お前は俺を信じないと思っていたよ。それだけの理由もきっとあるのだろうさ。兄貴としては残念だよ。」
その顔は全く残念そうではなく、依然として幸福そうな顔のまま彼は続けた。
「けれど世の中には、お前のほんの13年ちょっとの人生じゃ暴ききれないような隠し事が山ほどある。お前に限りなく近いのに、感じることすらできない程巧妙に隠匿された真実が星の数ほどある。」
ニコニコニコニコと、彼は笑う。
「だからお前が俺のことを信用しない様に、お前はペルセポネの全てを信用するべきじゃないかった。少なくとも、口止めされていたことを喋る程の信を置くべきじゃなかったんだ。彼女は、お前と違って茨の道を歩んできた。報われない、けれども逃げられない道をね。」
その彼の眼は、鋭い。
「そんな彼女を好きになっただけで全てを知った気にならない方が良い。そうなるべきじゃなかった。それだけのことしか俺には言えないね。」
その言葉に僕は何も言い返せない。何も言えない。でもそんな事実を知られるのはカッコ悪いから、せめてもの抵抗としてかすれ声で問いかける。
「弱みって何ですか?」
「なに、そんな大したことじゃない。アイツが今経営しているお店である『ヤーマ』を潰さない。アイツの従業員を殺さない。王族に関わった穢れた職種の人間に危害を加えない。そして元々俺は王都内の商売や利権関係には強くてね。見返りとして教会から脱退と、店への継続的な支援と。牧歌的な生活の保障と。そしてアイツが死んでも取り壊さずにするっていう条件で俺の部下になったわけ。」
そして僕の急所を抉るかのように、先ほどの言葉を繰り返す。
「けれども教会から足を洗うからと言って、彼女は信仰心を捨てたわけじゃない。お前が必死に踏み歩いたのは、彼女の地雷だったわけだ。」
その言葉は痛くて、僕の心を貫いて。
そして、一つだけ僕に気付かせてくれたことがある。
「ねえ兄上。」
「お、兄上なんて言われるとは。明日は雨か?」
「何を隠しているんですか?」
「‥‥」
確かに、今までの理由で合点がいく。僕を殺したいほど憎んだ理由も、そしてその実行に至るまでの彼女の心境も。
けれど、一つだけ変なんだ。
彼女の、殺意だ。
確かに、彼女は僕を殺そうとした。
と、同時に失敗しても良いと思っていた節がある。一人だけで攻め込んできたのがその証拠だ。彼女が僕を殺しに来た理由は、もっと他にあるんじゃないか?
「うーん、そんなこといってもな。」
「そして僕は、彼女が好きです。」
「お、おう?」
「彼女は、そんな人間じゃないと、断言できます。これだけだと、まだ弱いと。動機にしては、脆弱だときっぱり言い切れます。」
そして何より。
それだと死に際の彼女の泣き顔が、説明できないじゃないか。
「・・・・・」
「頼むよ兄上。教えてくれ。」
「・・・・はぁ。」
ほんの一瞬の溜息だった。
けれど僕は、そこにスリーの本心を見た気がした。
くたびれた心を狂気で隠す様な、そんな男の顔を見た気がした。
「…『被検体122番』。これがペルセポネの本名だよ。」
ポツリと告げる彼の言葉に、僕ははっとする。
被検体、122番。
心臓が、鷲掴みにされたかのように痛くなる。脳が、勝手に仕事をする。思い出したくもない、知りたくもないのに記憶野が情報を提供してくる。
「先月僕らが殺した、被検体121番。通称『千面群舞』ことレッド=ホワイトマスク。お前の言うペルセポネは彼の妹なんだよ。」
僕が、悪と断じて侮蔑と怒りをぶつけた男の、妹。
蒼褪める僕の顔を見えてはいないのか、頭を掻きながらスリーは言葉を投げ続ける。今度はもう、いつも通りの軽い声で。
「彼女は兄が殺されて怒り狂った。しかも踏み絵を踏まされて、だもんね。信徒なら最大限の辱しめを受けて殺されたに等しい。そりゃあ怒るさ。当然彼女は復讐を願うよね。同じ信徒として、妹として。そこで彼女の復讐候補は4つ。」
「1.俺。
直接の怨敵。ただし絶対の上下関係と部下の将来を俺は握っている。教会とは仲が良いようで悪い。殺せるなら殺したい。
2.フォー。
直接の怨敵。ただし、鉄壁の護衛たる影が彼女についている。ついでに失敗した時の報復が笑えない程鬼畜。殺しても教会の旨みは無い。
3.サーシャ様
直接の仇ではないが、兄の目当てだったもの。そして報復するだけの力は無いが、フォーの庇護下にある。即ち彼女を傷つければフォーが敵に回る。そして俺も恐らく敵になる。殺しても一番旨みは微妙。
4.ファイーブ
直接の仇。常に自分と接敵している。単純な難易度で言えばベリーハードだが、失敗してもリスクは無し。報復もしない優しい王子。チャンスは常にある。殺した際の旨みは計り知れない。ただし、被検体122番が一番心を許している人物。
当初からあった教会の依頼と、この条件を照らし合わせてみたところ、ここからお前が選ばれてたってわけだよラッキーボーイ。」
「・・・・・。」
「彼女は悩んだ。そりゃあもう悩みに悩んだ。彼女自身がファイーブを大切に想う気持ちは本物だ。けれども兄を殺され、宗教を侮辱され、その怒りも本物だ。」
「・・・・・。」
「だからこそ。彼女はこう考えた。『ファイーブに自分を殺させることこそが、一番の復讐であり、私自身が最も納得できる死に様なんじゃないか』てね。大切な人に最後を看取って貰える。兄の仇に復讐できる。ついでに教会の依頼を受諾したことにできるし、俺との契約とも違反しない。一石四鳥のプランだね。」
「‥…お前が最初からそのことを僕に言わなかった理由は?」
「まあ、お前を殺そうとした理由が俺とフォーを狙う事が出来なかった腹いせって言うのは気の毒だろ。」
「そうですか。。。」
ここで兄を責めることはできる。姉を批判することはできる。ペルに僕を恨むのはお門違いだって怒鳴りたてることだって。けれど、それをするのは、違う気がする。
何故かは分からないけど。違う気がするんだ。
だから僕は、兄上の言葉に。
「僕はまだ死んでいませんよ。」
そう言い返すだけで精一杯だった。
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