第6話 石を見ればそこは
「今渡したそれは、偽名使いの身分証明書みたいなものだな。特別な石に偽名と仕事名を魔力で刻む。そうすることで自分の所属がどこか分かるってもんだ。」
どうでもいい話を続ける彼の話を聞き流しながら、僕は思う。
使徒。
確か、教会公認の、戦闘部隊。
あまりの真実に脳が麻痺したのか、思考が纏まらない。頭を強かに打ち付けたようなぼわぼわとした浮遊感とともに、スリーの言葉を反芻する。
第五席の十二使徒『権謀紡ぎ』
彼は確かにそう言った。
「さっきも言ったけど、そんな狂信者を部下にするのは本当に苦労したんだよ?俺の言いなりにさせるのに結構苦労したんだよ?取引として裏と表のそれなりの地位を用意して、流せる情報を流して。言いなりと言っても色々条件も付けさせられたし、弱み握ってなかったら俺が噛み千切られるとこだったんだ。」
心底口惜しそうな顔でペラペラと語るスリーを見て、僕の頭は怒りで脳が活性化する。先ほどのまでの浮遊感は消え去り、そしてそのお陰で怒気も思考に掻き消される。
丁度良い適度な怒りだ。
そして正常に働き始めた思考は疑問を形作る。
「なぜ。」
「んんん??」
「なぜだ。彼女はアラヤ人でしょ?」
何度も言うが、アラヤ人は知神レドトンを信奉する民族。女神レールオフを信奉する教会とは何ら関係が無い。
けれどそんな僕の浅はかな知識を嘲笑うかのように、彼はクスクスと笑う口を手で押さえながら幸せそうに真実を告げる。
「逆だよ。アラヤ人だから、さ。そしてアラヤ人だから彼女は女神教の信者なんだよ。」
「でも知神と女神は別物じゃないか。敬虔な彼女が女神信奉の教会に属せるとは思えない。」
僕の反論を予知していたのか、彼は小馬鹿にしたような仕草で僕を見る。それを見て立腹するほどの心は、今の僕には無い。
彼が本気で、僕を馬鹿にしているわけではないことが、分かるから。
「だから神話も歴史も勉強しとけって言われたろう。」
え?スリーの顔を見ると、もういつもと同じ、へらへらとした軽薄な顔。
その顔で彼はなんでもないかのように事実を口にする。
「知神レドトンは女神レールオフの従弟なんだよ。聖書の創世記に載っているだろう?」
従弟?
本日何度目になるか分からない脳を揺さぶる程の新情報。
このまま聞かなかったフリをして寝込んでしまいたい。寝込んでしまいたいが、それをするには僕はペルと関わりすぎた。見て見ぬ振りを出来るほど、僕とペルの関係は浅くない。少なくとも僕にとっては、だが。
「女神教は崇拝されて繁盛しまくっていて、知神はもう虐待されまくっているからイメージしにくいけれど、宗派も聖書も同じものさ。女神レールオフが作った世界を生きて、そこから女神の善徳説に盲信するか、知神の慧叡説を盲信するかの違いであって、聖女も聖者も同じ人間を指しているんだよ。同じ女神教さ。門派が違うってだけ。だから、アラヤ人にとって聖女レリジオンの価値は、教会と同じ程重たいということで、サーシャ様への態度は、アイツも同じということ。」
「それで宗教心から僕を殺しに?」
「それもある。でも、教会からの正式な命令って言ったでしょ。そっちの理由も大きいだろうね。」
教会からの命令。そういやそんなこと言っていたっけ。サーシャ様を匿い、聖女を親しい僕を狙った、と。
それなら、一つだけ疑問が残る。
「なら何故、スリーや姉上はその対象になっていないので?聖女レリジオンと親しいというのはそこまで大きいのですか?」
姉上と兄上はサーシャ様と親しい。僕よりもだ。けれど、二人より僕が狙われた。一体なぜだ?
一瞬だけ、誤魔化そうとしたのだろうか。刹那の間だけ中を見て目を泳がせたスリーは、観念したように息を吐きながら話し出す。
悪ふざけが露見した幼児のように軽く、そしていつも通りに。
「…フォーは狙われるようなヘマはしないよ。アイツは国外では無能でお花畑なか弱いお姫様で通してある。殺すのは簡単だとしても、メリットがないと思わせているからね。殺されるとするなら一番最後さ。」
そして、と言葉を続けるスリー。
「俺はそもそも『権謀紡ぎ』と上下関係を築いていたし、教会とは仲が良い。特に後ろ暗い上層部とはね。それを知りつつも忖度してくれる俺を失うなんてデメリットが大きすぎるのさ。」
あとは分かるだろう、と言わんばかりの目で僕を見るスリー。
ああ、そういうことかクソッタレ。良く分かったよ。
「ところがお前は違うよな。女神教の禁忌を次々と冒すし、取引でどうこうなる人間じゃない。武力もあるし、賢者と聖女の両方と親しい。教会としても脅威となる若い芽を先に摘みたかったんだ。それでお前が狙われたんだな。」
スリーは狙うメリットよりデメリットが大きくて、フォー姉上はそれぞれメリットもデメリットも少ない。僕だけだ。僕だけが、メリットが十分にあってデメリットが少ない。
それなら僕を暗殺するように命令されたのは妥当な指示だ。
けれどこれだけでは終わらないらしく、兄上は続けて言葉を紡ぐ。
「あとお前は踏み絵について喋ったろ?あれは地雷だったね。信者なら誰でも怒り狂う。特に第五席に座っているようなマジキチ狂信者ならね。」
「それは。。。」
もやりと心がざわつくが、そんなことスリーが分かる訳もなく。
「しかもお前は俺やフォーの名前を一切出さなかったそうじゃないか。お前のことだから気遣いとかじゃなくて純粋に言い忘れていただけだろうけど、それで憎しみも全部お前に行ったんだな。」
確かに、王宮で起きたことは彼女に話した。踏み絵についても当然話した。それが誰がやったかどうか話してはいなけれど、恨みが募ったであろうことは容易に想像できる。
「彼女は。。。それで僕に?」
「そうだね。彼女は政治出来る系の脳筋だしお前のことを気に入っていたから、お前への溢れ出る殺意を抑えていたけれど、正式な命令が来たお陰で心気なくお前を殺しに来たんだろうね。」
「そんな。。」
「お前が勝手にペラペラ喋ったんだろ?それでお前に殺意が向けられた。王国の国家秘密を喋るなんてことしなきゃ良かったのに。」
呆れた顔で僕を見るスリーを見て、今まで掻き消えていた怒りが再燃する。
「その証拠はどこ?アンタが仕組んだんじゃないって証拠はどこにある?」
スノーの時のようにスリーが仕組んだ可能性は捨てきれない。これが言いがかりに近いものだと分かっていても、やはりコイツへの怒りはメラメラと燃え上がる。
「それにお前の言い分じゃ不自然なことが多すぎる。本当にお前が仕組んだじゃないのか?」
魔力を練る。いつでもスリーを殴れるように。
「証拠を、見せてみろよクソ兄貴。」
そう言った僕の声を聴いてスリーは、一言。
「やっぱりこんなんじゃ信じてくれないか。」
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