9話:社畜ト――ク②

「騒がしいと思って来てみたら、どんな会話してるのよ……」


 分かりみが深すぎる。

 涼森先輩降臨。


 さすがは我らの上司であり良心。騒ぎを聞きつけて顔を出してくれたようだ。

 食後のドリンクである野菜ジュース片手に、涼森先輩が俺向かいの席へ。

 頬杖と溜め息を同時につかれてしまう。


「全くこの子たちは。食事中にどうやったら、そんな話題になるの」


 サラダにパクついていた因幡が、こてんと首を傾げる。


「あれ? 事の発端って、鏡花先輩じゃなかったっけ?」

「え……。私が原因……?」


 アンジャッシュ続けんじゃねえ。涼森先輩の顔が赤くなったじゃねーか。


「おい伊波。この言葉足らずの阿呆いなばをカバーしろ」


 さすがは俺の後輩。「任せてください!」と、ドンッと胸を張る。


「右も左も分からないマサト先輩を、鏡花先輩が手取り足取り教えてあげたのがキッカケですっ!」

「ド阿保! 俺まで変態にすんじゃねー!?」

「~~~~っ! 私が変態なのも訂正しなさい……!」


 頬をつねられても、痛さより罪悪感しか感じない。

 頼れるものは己のみ。助け船を要請した俺が馬鹿だったと、ジットリまなこの涼森先輩に弁明していく。


「新卒時代の俺は、涼森先輩によく教育されてましたよねって話をしてました」

「教育というより説教ですよね?」「教育というか説教ね」

「余計なとこだけハモるなよ……」


 もはや確信犯だろコイツら。

 助け船どころか魚雷が直撃したものの、最低限の誤解は解くことはできたようだ。その証拠に、涼森先輩の表情は『恥じらい』から『納得』に変わっている。


 これにて一件落着。


「確かに、あの頃の風間君は小生意気だったなぁ」

「え……」


 一難去ってまだ一難。

 変態扱いされた報復? 面白い玩具を見つけたから?


 年上お姉さんのドS発動。「一体、いつから小悪魔は二匹だけだと勘違いしていた?」の如し。涼森先輩の臀部から細長い尻尾、頭から小ぶりな角がコンニチワ。

 小悪魔三姉妹が結成された瞬間である。


 涼森先輩。貴方だけは味方でいてほしかったです……。


「ということは、マサト先輩がヒヨッ子だったというのは真実なんですね!」

「うーん、真実ってことでいいんじゃないかな? 私が教えた子の中だと、一番手の掛かったのは風間君だったし」

「一番は盛り過ぎですって! せいぜい真ん中――、より少し下くらいでしょ!」


「えー」と言葉を伸ばす涼森先輩は、そりゃ楽しそうに俺をニコニコ見つめてくる。


「な、なんスか?」

「GW明け。盛大に寝坊してきたのは、どの子だったかな?」

「ぐっ!」

「コピペ満載の資料持ってきて、私にこっぴどく怒られたのは誰だったかなー?」

「ぐぐぐっ……!」

「毎日、夜遅くまで一緒に残業してた子は誰だったかな~♪」

「…………」


 まさに、ぐうの音も出ない。

 否応なしに、俺が新卒、涼森先輩が教育係だった頃の記憶が蘇る。


 金曜ロードショー、『新卒ポンコツの社畜日和』が脳内再生されてしまう。




◇ ◇ ◇




 GW明け。俺が大遅刻を決め込んだときは、


「風間君。また夜遅くまでゲームしてたんでしょ?」

「……はい」

「別にゲームするなとは言わないよ? けど、仕事に支障をきたす程しちゃうなら、ゲームは一日一時間にしよっか」

「ええっ!? いやいやいや! eスポーツが普及する昨今、一日一時間は中々にエグい――、」

「今から半休取って、一緒にゲーム機売りに行く?」

「一時間コースでお願いします……」


 一ヶ月間、『香川県ゲーム依存症条例の刑』に処されたり。


 涼森先輩に手抜きがバレたときは、


「風間君。この資料、競合会社のWEBサイトからコピペしてきたでしょ?」

「!? どうしてバレ――、気付いたんですか……?」

「ウチで扱ってない広告サービスが1コ混じってる」

「……さーせん」

「あと、ここのデータなんだけどね。正しいかだけ確認しとくから、情報源ソース教えてもらっていいかな?」

「え!? ソ、ソソソソソースデスカ!?」

「その慌てっぷり……。まさかと思うけど風間君。Wikiから引っ張ってきてないよね……?」

「…………。だ、大正解です」

「~~~~! このおバカ! Wikiは参考にしちゃダメって前も言ったでしょ! 作り直し!」

「はひぃぃぃ!」


 卒論や課題の隠蔽サイトこと、Wikiの引用がバレてしこたま怒られたり。




◇ ◇ ◇




 映画の感想。


「いっそ、殺してください……」


 全米もとい、全俺が涙した。

 認めますとも。新卒時代の俺がポンコツ大馬鹿野郎なことを……。


 肩身の狭さMAX。右肩と左肩がくっつきそうな程の圧迫感を感じつつ、カップ麺のスープを一飲み。味がしないのは言うまでもなく。

 小悪魔となった涼森先輩にも、未だ人の気持ちは残っているようだ。


「ちょっと、からかい過ぎちゃったかな」

「ちょっとじゃなくて、だいぶなんですけど……」

「えー。本気出したら、私もっと頑張れるよ?」


 ゾッとする反面、ちょっとのエロスを感じてしまう自分が情けない。


「やっぱり自分の手塩にかけた後輩は、いつまでも可愛いがっちゃうものだからね」


 茶目っ気たっぷりな笑顔で手を合わせるのは反則だと思う。

 本当にズルい。年上お姉さんにそんなこと言われてしまえば、コチラ側としては照れを隠すことくらいしかできないのだから。

 おまけに、


「マサト先輩も、私のことをいつまでも可愛がってくださいね♪」


 伊波も殺しにかかってくるのだから、堪ったもんじゃない。


「あははっ! 数年後は、上司になった渚が風間を可愛がってるかもだけどねー!」


 因幡よ。お前はブレなくて安心したぞド畜生。

 とはいえ、伊波のハイスペックぶりを間近で見ている身としては、真っ向から否定できないのが悲しいというか、世知辛いというか。


 俺の哀愁漂う顔面を察知した伊波が、両手を握り締めてガッツポーズ。


「大丈夫ですっ。私がマサト先輩より出世しちゃったときは、毎日の飲み代、しっかり奢らせていただきます!」

「え……。俺、毎日飲みに連れ回されるの……?」

「えへへ。飲みニケーション三昧です♪」


 ただのアルハラじゃねーか。


 人の不幸は蜜の味? 将来、俺の肝臓がご臨終になるのが嬉しくて仕方ないのだろうか。尚も涼森先輩は俺らのやり取りを微笑まし気に眺めている。

 しかし、ドSゆえの笑顔ではないようだ。


「意地悪で喜んでるわけじゃないよ? 君たちみたいに元気な子が沢山入ってくれて本当に良かったなって」

「俺たちみたいな、ですか?」


 3人の注目を浴びる涼森先輩は、首を縦に振る。


「私が入社したときは、一回り上の人たちばかりだったから。新卒採用も私1人だけで結構寂しかったんだよね」


 涼森先輩は本心を隠すつもりはないのだろう。だからこそ、惜しみない笑顔のままでいてくれる。

 その笑顔は小悪魔ではない。


「だから、今みたいに皆でお喋りできる時間がついつい嬉しくなっちゃうの」


 おかえりなさいませ、女神様。

 我らが頼れるお姉さんが復活した瞬間である。


 伊波もようやく気付いてくれたようだ。俺のしくじり昔話を聞くよりも、憧れの存在、涼森先輩の話を聞くほうがよっぽど有意義なことに。


「久々の新卒採用ってことは、鏡花先輩は入社前から高く評価されてたんですね!」

「全然そんなことないよ。新卒時代の私も、沢山ミスしたり注意されてたからね」


 伊波は意外だったようで、「えっ」と口を開く。


「そりゃそうだろ。いくら涼森先輩でも下積み時代はあるって」

「そうではあるんですけど。『できる女っ!』ってイメージの鏡花先輩なだけに、ちょっと想像できなくて」

「想像しやすい俺で悪かったな」

「いえいえ。おかげ様で沢山想像できました♪」


 軽くジャブ入れただけで、馬乗りでフルボッコだもんなぁ……。


 伊波にとって初耳情報なのだろうが、涼森先輩との付き合いが5年目を突入する俺としては、何度か聞いたことのある話。嘘をついてまで自分を卑下する必要などないし、本当の話なのだろう。


 同期である因幡も、俺同様、涼森先輩の若かりし頃の話を知っている。

 否。俺『以上』に知っている。



「うんうん。今の鏡花先輩なんて、絶対想像できないよねー」



 あーあ……。言いおった……。


 さすがはイタズラ大好き娘。「上司でも、隙あらばイタズラしまっせ」と言わんばかりに、えくぼができるくらい白い歯を因幡は見せびらかす。


「??? 今のということは、昔の鏡花先輩について、深広先輩は何か知ってるんですか?」

「おっ。渚は鋭いねー♪」


「よくぞ聞いてくれました!」と因幡はさらにテンションを上げると、ボリューミーな胸がへしゃげるくらい姿勢を正す。

 そして、意気揚々と口を開く。


「知ってるも何も、学生時代の鏡花先輩は――、」

「ミ・ヒ・ロ……?」


 さようなら、女神様。

 はじめまして、大魔神様……。


 因幡の言葉を皮切りに、涼森先輩の周囲からは、殺意の波動が駄々洩れ放題。

 柔和な笑顔はそのまま。にも拘らず、瞳の奥が笑っていない。


『余計なことを喋ってみろ。その瞬間、お前の命も尽きるぞ』


 そんなメッセージがひしひし伝わってくれば、無関係な俺さえブルっちまう。

 殺害予告を受けた張本人はどうするのだろうか?


 大きな口をさらに大きく開けた因幡は、食べかけのサンドイッチを無理矢理に一口。

 咀嚼することしばらく。


「ゴチソウサマデシタ」

「あっ! 待ちなさい深広!」


 因幡、食べ終わったゴミを手早くまとめて起立。そのまま、出入り口目指してスタコラサッサ。

 あの野郎、逃げやかった……。


「ちょっとくさび刺してくるから、私も失礼するね!」


 釘じゃなく楔あたりが、ガチさを感じる。

 野菜ジュースを一気飲みした涼森先輩も、制裁を食らわすべく休憩スペースを飛び出ていく。さすれば、俺と伊波、2人きりの世界に逆戻り。


「マサト先輩」

「ん?」

「鏡花先輩の学生時代について、先輩は何か知ってますか?」


 若者の好奇心が怖い。

 それ以上に、


「…………知らね」


 涼森先輩の報復が怖い。


 というわけで、「あーっ! その目線を反らす感じ、絶対何か知ってる!」と伊波に騒がれたところで、俺は口を割る気は全くない。


 すまんな伊波。俺はまだ死にたくないんですわ。






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