8話:社畜ト――ク①

 ハラスメントを乗り越え、休憩スペースにて昼食タイム。


 社員食堂? 

 何ソレ美味シイノ?


 我が社に社員食堂などあるわけがない。あるのは給湯器という名のお湯のみ。

 全国での社員食堂の導入率は25%前後なんだとか。一般開放されるほど広かったり、オシャンティなカフェ感漂わせるような食堂は、もはやドラマの世界。

 俺含め、多くのサラリーマンたちは自分の席であったり、最寄りの定食屋なんかで食事するのがデフォというわけだ。


 バイキング形式? 

 こっちだって近場のコンビニでカップラーメン選び放題だコノヤロウ。


 2つ星シェフ監修?

 こっちはからあげクン1コ増量中だバカヤロウ。


 社員割引で安く食える?

 FACK。


 おかしいな……。何故、俺は麺じゃなく鼻をすすっているのだろうか……。




 ひがんだったっていいじゃない。羨ましんだもの      

                             しゃちく




 人生なるものは時に諦めも肝心。ウチはウチ、ヨソはヨソ。

 しょーもないポエムを考えるくらいなら、残業に備えて黙々とカップ麺を食らうべし。


「マサト先輩、マサト先輩」

「ん?」

「私のおかずとからあげクンの交換をお願いしますっ」


 テーブル向かい側、キラキラ瞳で俺に交渉を持ちかけてくるのは、一緒に休憩中の伊波。

 コイツのように自炊できるなら、世界は変わるのかもしれん。


 伊波は自炊できる系女子である。本日も持参した小さなランチボックスとコンビニで買ったスープパスタというTHE・OLメニュー。

 メインのオムライスを中心に、一口サイズのロールキャベツやタコと野菜のマリネなどなど。本日は洋食のようで、別タッパーにはウサギ型のリンゴまで用意する周到っぷり。


 小娘の手料理と、俺のからあげくんレッド味を交換だぁ?


「し、仕方ねーな。ロールキャベツで手を打ってやろう」


 是非ともよろしくお願いします。

 ロールキャベツなんて、ここ数年食ってないから抗えるわけがない。キャベツ=定食屋の千切りor居酒屋のお通しという固定観念すらできあがってるくらいだし。

 塩キャベツ美味いけども。


「ほれ」と容器トレーを差し出せば、伊波はからあげクンをつまんでそのままパクリ。

 そのままウットリ。


「ん~♪ このピリッとした味わいがクセになっちゃうんですよね~♪」


 何故、コイツが口にする料理や飲み物は、こうも美味そうに見えるのだろうか。

 若い娘がただただ幸せそうに食べる動画が流行る理由ここにありけり。


 からあげクンを食べ終えた伊波は、例のブツ、ロールキャベツを差し出してくる。

 MY箸で挟みつつ。


「マサト先輩あ~ん♪」

「はぁん!?」


 まさかの食べさせプレイに、そりゃ声も荒げる。

「間接キッスに興奮するとか中学生かよ」と笑われるかもしれない。けどだ。いくら休憩場所とはいえ、ココはオフィスなわけで。


 オフィスで背徳感を感じながらのイチャイチャプレイ……?

 AVの見過ぎぃっ。


「先輩早くっ! おつゆがテーブルに垂れちゃいます!」

「わ、分かったら急かすんじゃねえ!」


 こうなりゃヤケ。「俺は中学生じゃねえ。社畜だ」と己の心に言い聞かせ、勢いそのままに箸ごとロールキャベツへかぶりつく。

 箸の持ち手をマイク代わりに、伊波が尋ねてくる。


「お味はいかがですか?」

「…………。おう。美味ぇ」

「えへへ。やったぁ♪」


 不思議なもんだ。食べ終わった頃には、『恥ずかしい』から『美味い』という感想のほうが勝ってしまうのだから。

 昨晩から漬け込んでいるのだろう。キャベツにも洋風ダシがしっかり染み込んでおり、噛めば噛むほど、豚ミンチの肉汁が口の中いっぱいに押し寄せる。


「今日のお夕飯は、このロールキャベツを使ったポトフの予定です♪」


 普通に羨ましいぞコノヤロウ。


「お前って、料理の腕前高いよな」

「大学時代から毎日炊事してましたからねー。自信は結構あるかもです」


 シャツをめくって、「どやっ!」と力こぶを溜める伊波。感想としましては、「細くて色白な二の腕ですね」。

 二の腕の感想はさておき、料理スキルに関してはお世辞抜きで高いと思う。

 今回のように栄養の偏りある俺へ、お慈悲のオカズを伊波はくれるのだが、どれもハズレなく美味いものばかり。


 箸を置いた伊波が両肘つくと、わざとらしくほくそ笑む。いかり総司令?


「ふふふ……。マサト先輩はジワリジワリと、私に胃袋を掴まれてるんですよ?」

「計画的犯行みたいに言うんじゃねえ」

「ぐははははは~~! 毎朝、お前の味噌汁を作ってやろ~~がぁ~~~♪」


 何その、蝋人形式プロポーズ。

 総司令でも閣下でもなくなった伊波は、箸からスプーンへと持ち替え、スープパスタを一口すすり終えケロリ。


「というのは半分冗談です」

「半分本気だった件が俺は気になるぞ」

「ゆくゆくは専業主婦も良いと思います。ですが、」


 瞳を爛々と輝かせつつ、伊波は続ける。


「やっぱり今は、鏡花先輩みたいなカッコいい女性に憧れちゃいます!」

「ほう」


 俺の疑問をスルーしただけのことはある。

 どうやら伊波は、キャリアウーマンに憧れを抱いているようだ。


 キャリアウーマン。

 専門的な職務遂行能力を生かし、長期的に働く女性の呼称。


 もっとザックリ説明すると、

『仕事のできる女』

 これでOK。


 涼森先輩はキャリアウーマンである。

 営業成績は常にトップであり、優秀な人材として毎年表彰され続けている。社外引き抜きヘッドハンティングの話だって何度も耳にするほど。


「まぁそうだな。男の俺でも、『涼森先輩カッケー』って感情が芽生えるくらいだし。同性のお前からすりゃ堪らんわな」


「堪らんですっ」と、尚もテンション上げ上げで手や首を振るのだから、相当な涼森信者に違いない。



「そんな鏡花先輩に、新卒時代の風間はよく怒られてたよねー」



 声のする方を振り向けば、イタズラげに白い歯見せるラスト同期、因幡いなばの姿が。


 因幡も昼休憩らしい。サンドイッチやサラダの入ったコンビニ袋片手に、俺たちのいるテーブル席へと腰を下ろす。

 挨拶代わりに俺のからあげクンを口の中へ。その笑顔、壊したい。


「うんっ、美味おいしー♪」

「俺の貴重な1コが……」

「唐揚げの1コや2コでケチケチしなさんな。そんなんだから、いつまで経っても定時に帰れないんじゃん」

「はあん!? 定時で帰れるなら、いくらでも唐揚げバラ撒くわい!」


「貴重のくだりは何処行った」とケラケラ笑われてしまえば、緑茶ボトルを傾けつつ、不満を呟く事くらいしかできない。


「ふんっ。俺たち営業職の苦しみなんて、因幡には分かんねーよ」


 因幡はデザイナー職。WEBサイトのデザインやコーディングをしたり、広告のロゴやバナーなんか作成したり。いわばクリエイターという奴だ。

 属する会社によりけりだが、我が社のデザイナー職は比較的早く帰れる部類。

 営業職がダントツでアレなのはご察しの通り。


「んー?」

「な、なんだよ」


 どうしたことか。ニタニタ笑顔の因幡が、俺へと顔を近づけてくる。

 顔と顔の距離もることながら、さすがは立派な胸の持ち主。はち切れんばかりに育ち上がった乳が、ベストアングルで視界に突き刺さる。薄手のシャツということもあり、谷間がコンニチワと言っている。

 コンチワー。


 とか思ってる場合ではなかった。


「この前、終業間際に泣きついてきたのは、どこのどいつだったカナー?」

「……」


 ばっちり覚えているだけに、そりゃ顔も強張る。

 先週の金曜、終業時刻ギリギリのタイミング。得意先から電話が掛かってくる。

 内容は、「大規模なイベントを開催するから、至急広告を作ってくれ」という無茶ぶり。

 簡単なものなら俺でも作れるが、高クオリティかつ至急ともなれば、俺では役不足。

 そこで、因幡深広みひろ様に泣きついた経緯である。


 営業職の苦しみを思いっきり共有しているだけに冷や汗ダラダラ。


「そ、その節は大変お世話になりました……」


 反比例して、因幡の表情はホクホク。


「あの後、合コンあったのに、ドタキャンしたんだよなー」

「ぐぐっ……、」

「あ~あ。運命的な出会いがあったかもしれないのになー。未来のダーリンがいたかもしれないのになー」

「ぐぐぐっ!」

「私の寿退社が遠のいちゃった――、」

「~~~っ! 俺がわるかったよ! 営業もデザイナーも皆平等に社畜だよ!」

「うむ。分かればよろしい♪」


 お前は分かられていいのか? とツッコむのもナンセンス。

 口を開いてアピールしてきたので、2コ目のからあげクンを奉納。


「さんきゅー♪」


 俺の非礼無礼は水に流してくれるようだ。因幡大明神は口をモグつかせつつ、自分の席へと戻っていく。グッバイ、おっぱい。


「てか、因幡って寿退社に憧れてたんだな」

「ん? まだまだ自由気ままに遊びたいお年頃だけど?」

「…………」


 グッバイ、からあげクン×2。


「深広先輩、深広先輩」


 俺が絶望に打ちひしがれると、新卒小娘が唐揚げ泥棒へと身を乗り出す。


「んー? どしたの渚」

「新卒時代のマサト先輩が、鏡花先輩に怒られていた話を教えていただければと!」


 チッ……。今のやり取りで有耶無耶にはできんかったか……。

 なんて強欲な奴だ。豪勢な弁当にスープパスタやデザートまで付いているというのに、人の不幸までオカズに取り込もうとしやがる。


 メシウマ案件にはさせねーぞ、コノヤロウ。


「伊波よ。別に面白い話なんて何一つないぞ」

「そうなんですか?」

「おう。新卒時代ひよっこの俺は、年相応に甘ちゃんで非常識ってだけだからな」

「面白さしか感じないのですが……」


 ワー。笑イノ沸点低ーイ。


 新卒時代の俺は、学生気分にヒッタヒッタ。ほうれん草のお浸しもとい、学生気分のお浸し状態。

 要するに学生気分が全く抜けていなかったのだ。


 何食わぬ顔で、たまごサンドを頬張っている因幡に一言申したい。


「てか、因幡だって俺と一緒によく怒られてたじゃねーか」

「えー。たとえば?」


 たとえばだぁ? 


「忘れたとは言わせんぞ。新人研修終わり、2人でゲーセン寄ったのバレて、しこたま涼森先輩に怒られただろーが」

「あ~! あったねー、そんなこと!」


 何ワロとんねん。因幡が顔をあからめる。


「アレって、風間が最新の格闘ゲームしたいから寄ったんだっけ?」

「お前が『久々にプリクラ撮りたい』って、俺を道連れにしたのが原因な」


『記憶を改ざんすんじゃねー』という意味を込めて視線を送れば、因幡がニタニタとまたしても距離を詰めてくる。


「道連れとか言うなよー。ウチらカップルモードで撮影した仲じゃん」

「ブホッ……!?」「えっ! いいなー!」


 啜っていた麺が大暴発。目の前の伊波がエキサイティング。

 鼻に入った麺を対処している時間が惜しい。


「ご、誤解を与えるような言い方すんじゃねえ! 因幡が悪ノリでカップルモードを選択しただけだろ!」

「風間酷いっ! 個室を良いことに、カメラの前であんな恥ずかしい命令や行為に及んだのに! ワタシ、お嫁に行けない身体にされたのにっ……!」

「ええ!? マサト先輩、そんなアンジャッシュみたいなこと――、」

「アンジャッシュしてねーわ! 因幡は冗談の度が過ぎんだよバカタレ!」

「……フフッ! アハハハハッ! ほんと、風間からかうの面白いわー♪」


 まさに抱腹絶倒。瞳に涙が浮かぶくらい、呼吸するのも苦しいくらい因幡は大爆笑しやがる。そのまま呼吸困難で病院に搬送されたらいいのに。



「騒がしいと思って来てみたら、どんな会話してるのよ……」



 分かりみが深すぎる。

 涼森先輩降臨。

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