7話:立ち上げ案件、死ぬほどカロリー使いがち
「えっ。俺の案、通ったんスか?」
余程、間抜けな声が出ていたのだろうか。俺を呼び出した張本人、涼森先輩は口元に指を押し付けてクスクス笑う。
「君の案、通ったんス」
大人なお姉さんの砕けた言葉使いが素晴らC。
何を驚いているかといえば、俺が以前提出した案が採用されたから。
いわゆる社内コンペというやつだ。自分なりに確度の高そうだと思った業種をリストアップし、詳細な理由を添付して提出した記憶がある。
「まさか風間君、適当に作ったとか言わないよね?」
「と、とんでもない! 今回はわりかしガチめに作りましたよ!」
「ふーん。今回『は』ねー」
「……」
大人お姉さんのジト目が
整った顔立ちが迫ってくればくるほど、前回の提案書作りの記憶がカムバック。
「やべ。コンペの締切、明日じゃねーか」と締切間近なのに気づき、FPS《ぺクス》しながら適当に考えました。
「ま、いっか! どーせ任意参加だし!」と缶ビール飲んでて気が大きくなってました。
その翌日。安直な提案書すぎて、涼森先輩にしこたま怒られました。
というわけで、今回は真剣に考えた所存である。
俺氏、全力で誤魔化――、決意表明。
「次回のコンペ『も』頑張らせていただきます!」
「もうそれ、過去の過ち認めちゃってるよね……?」
「……。へへっ」
「愛想笑うな、おバカ」
軽く頬をつねられて教育的指導。折檻にしては全く痛くないし、むしろ細くしなやかな指でムニムニされればされるほど、愛想笑いが照れ笑いに。
男という生物は、綺麗なお姉さんに抗えないから仕方ない。
教育的指導という名のサービスタイムが終わり、
「というわけです。直ぐにってわけじゃないけど、遅くても来月頭くらいには本格的にスタートしてほしい案件だから。そのつもりでスケジュール調整よろしくね」
「ほあ」
「??? どうして間延びした返事なの?」
「だって」
「だって?」
「コイツも参加するってこと、……ですよね?」
首を傾げる涼森先輩から、右隣にいる『コイツ』へと視線を移す。
「やったー♪ マサト先輩との共同作業だー♪」
カカトが浮くくらい万歳三唱する人物の名を伊波渚。
そう。伊波も俺と同じタイミングで呼び出されていたのだ。何なら、俺の案が通ったと聞いたとき、「おー! すごい!」とパチパチ拍手してくれていた。ありがとね。
感謝の気持ちはあれど、
「マサト先輩っ。一緒に頑張りましょうね!」
「異議アリ!」
「どうして!?」
そりゃそうでしょうよ。
異議の申請先は、当然、涼森先輩。
「いくらなんでも、伊波に手伝わせるのは早すぎません……?」
経験したことがある人間であれば、痛い程分かると思う。
社畜あるある。
立ち上げ案件。死ぬほどカロリー使いがち。
『心配』という表現が最も適切だろう。もっとハッキリ言ってしまえば、伊波が潰れてしまわないかが心配なのだ。
「立ち上げに協力してもらうんだったら、伊波には今任せている仕事のクオリティを高めていって――、」
「風間君」
「は、はい?」
思わず寄り目になってしまう。
涼森先輩の人差し指がゆっくり迫って来るから。
そして、俺の鼻をチョチョンとダブルクリックしつつ言われてしまう。
「君は過保護かっ」
「……え」
何ツッコミ?
ジョーク交じり、笑顔交じりなものの、涼森先輩としては大真面目なようで、
「言いたいことも分かるよ? けど、渚ちゃんは私から見てもすごいできる子だし、ここら辺で大きな経験を積ませるべきだと思うの」
「そう言われてしまえば、うーん……。そうかも、しれませんが……」
「理由はそれだけじゃないよ」
「え?」
涼森先輩はデスクに置いていたプレゼン資料を開く。
俺の作ったものだ。
「私ね。風間君が提案した業種リストの中でも、ジュエリーやアクセサリー関連の販売店に着目したところが特に気に入ってるの」
「! あ、あざす……」
先輩上司に褒められるのは、やはり嬉しいし照れる。
それ以上に恥ずかしかった。
「このページって、渚ちゃんが活躍しやすいところをピックアップしたんだよね?」
「…………」「えっ、私?」
恥ずかしい理由。涼森先輩には全てお見通しのようだから。
チンプンカンプン状態の伊波が、ニコニコ顔の涼森先輩へと尋ねる。
「??? どういうことですか?」
「新人の渚ちゃんには、よくテレアポしてもらってるよね」
「は、はいっ。今日も新規のお客さん確保のために電話してました」
「そこで問題」と涼森先輩が人差し指を立てる。
「もし渚ちゃんが逆の立場、『提案する側』じゃなくて、『提案される側』だったとします。その場合、どっちの人の話を聞きたい?」
伊波が傾聴姿勢に入れば、涼森先輩は続ける。
「1人目は広告代理店に入社したばかりの新卒Aちゃん。2人目は愛想もフレッシュさも無くなった、勤続5年目のベテラン社畜B君」
何故だろう……。B君にとても親近感を覚えてしまうのは……。
「そう、ですね。やっぱり、知識や経験に勝るマサト先輩を選んじゃいます」
「B君を選べこの野郎」
マサト先輩だろうがB君だろうが正解らしく、涼森先輩はクスクス笑う。
「だよね。自社を任せるかもって考えたら、当然キャリアの長い人の話を聞きたいよね」
小さく頷く伊波は、『その壁』を経験している最中なのだろう。
だからこそ、涼森先輩の言葉が突き刺さる。
「でもね、」
「でも?」
「若い子やオシャレ好きをターゲットにした会社だったら、新卒のAちゃんでもいい勝負できると思わない?」
「…………。あっ」
特大ヒントを貰い、伊波の表情が閃きへ。
「た、確かにですっ! ネックレスや指輪を扱うような会社なら、広告知識の乏しい私でもマサト先輩と勝負できる気がします!」
「うるせー! B君と勝負しろバカタレ!」
とにもかくにも。
ようやく気付いたようだ。若くても勝負できることに。
違うか。もっと早く気付くべきは、伊波じゃなく俺たち先輩や会社側なわけだし。
『新卒だから』
その言葉が許されるのは自分の会社だけ。取引先からしたら、「知ったこっちゃねー」という話である。
自慢じゃないが、ウチの会社より優れた広告代理店なぞ腐るほどある。
費用がお求めやすかったり、高品質な広告サービスだったり、勤続20年のでぇベテランが在籍していたり。
「当社は何もありません」では論外。ともなれば、別の付加価値で勝負するしかない。させるしかない。
色々と試行錯誤した結果、今回は伊波をモデルケースにして考えてみたというわけだ。
抜本的な改革にはならないかもしれない。けれど、若い奴世代、伊波も興味ある分野なら、モチベーションを保つことくらいはできるだろう。
恐るべきは、提案書に軽く目を通しただけで気付いてしまう涼森先輩。
「こんな感じの解釈でいいかな、風間君」
「ウ、ウス。よく分かりましたね」
「このページだけ熱の入りようが違うかったもん。君の悪い癖だね」
「ぐっ……! 御見それしました……」
素っ裸にされて恥ずかしいので、もう自分の席に戻りたい……。
泣きっ面にハンマー。
「マサト先輩っ!」
「うおう!?」
突如、隣の伊波に両手を握られてしまう。そのまま手繰り寄せられてしまえば、ヤル気に満ち溢れたキラキラ瞳に吸い込まれてしまいそう。
「私にも手伝わせてくださいっ。今の話を聞いちゃったら、手伝いたいに決まってます!」
予想どおりすぎる発言。
そりゃそうだよな。ネタバレしちまえば、この新卒小娘が俺をスルーしてくれるわけがない。
システムだけコッチで作ってから、引き継がせようとしていたのがこのザマである。
貴方のせいですと、涼森先輩へと視線を移しても、
「私も手伝えるところはバンバン手伝っていくから。ね?」
後輩と先輩。夢のおねだりコラボ実現。
両手を握り締めてまん丸瞳で見つめてくる可愛い系と、両手を合わせて上品に口角を上げてくる綺麗系。
何に一番腹が立つかといえば、ちょっと高揚してしまう自分である。
煩悩を鎮めるには、折れるしか選択がない。
「わ、分かりましたよ……」
「やったー!」「やったね♪」
社会人というより仲の良い姉妹感たっぷり。2人がハイタッチでキャイキャイ。
またしても高揚してしまうのだから、俺は煩悩の塊なのかもしれん……。
「い、言っとくけど、たまたま伊波なだけだからな!? 今年採用されたのがチャラい奴だったら、日焼けサロンとかサーフィンショップ推しだったから!」
「でもでも。理由はどうあれ、私のことを考えながら提案書を作ってくれたってことですよね?」
「…………」
「あははっ! 風間君は本当に渚ちゃんが大好きなんだね~♪」
「えへへ……♪ 幸せだなぁ」
ニヤニヤされたり、ニコニコされたり。
「~~~~!!! もう嫌っ……!」
拝啓、労働基準監督署様。
この場合、何という名称のハラスメントになるのでしょうか。
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