6話:組み立てたスケジュール、一瞬で崩壊しがち

 ブラック企業であればあるほど、企業体制が杜撰ずさんなのは言うまでもない。

 社風が『人員不足は気合と残業で乗り切りましょう』という謎のスタンス。従業員の気力と体力が擦り切れるまでヘビーローテーションさせ続ける鬼畜仕様。STKしゃちく48。


 当然、ブラック企業に率先して入社したい猛者などいるはずがない。いるとすれば、よっぽどの物好きかドMだけ。

 となれば、どうやって上層部の人間たちは、新卒や中途といった迷える子羊たちを自社へと誘うのか。


 答えは簡単、誤魔化すのだ。

 求人サイトの待遇欄に、『悪い』ことを、さも『良い』ことのように記載する。



 例を挙げるなら、

・時間外手当アリ(全て払うとは言っていない)

・平均月残業30時間(繁忙期は毎日終電ギリギリ、早く帰るのは上層部だけ)

・若手でも率先してチャンスを与えます(責任を負わないでいいとは言ってない)

 などなど。「マジシャンかよ」とツッコみたくなるくらい事実をひた隠す。



『アットホームな職場です』という文言が記載されている会社には要注意。バイオのファミパンおじさんに匹敵するくらい、空虚なファミリー感が待ち構えている可能性は高いだろう。ソースは我が社。


 開き直って劣悪な環境をアピールしたほうが、タフな求人者が集まるのではなかろうか。



『日々の激務は当たり前! セクハラやパワハラする部長や係長クリーチャーたちも多数在籍! 手当は出さないけど、繁忙期は土日出社もオナシャス!!!』



 採用ページだってそうだ。美人社員たちが和気あいあいしたシーンばかり載せるのではなく、喫煙ルームで煙と溜め息を吐くアラサー社員たちを載せる方がかえって潔いというもの。


 もし俺が転職活動するとして、そんな潔いブラック企業があったら応募するだろうか。

 うん……、絶対しない。




※ ※ ※




 当然だが、仕事のやり方は千差万別である。

 朝イチでメールチェックする者もいれば、全ての仕事を片し終えてからメールチェックする者もいる。

 カロリーの低い仕事から順々にこなす者もいれば、カロリーの高い仕事から順々にこなしていく者もいる。


 好きなものは最後に食べる派の俺としては、最初に細々した仕事を片し、最後にガッツリした仕事に集中して取り組みたい。

 というわけで、午前中までに軽い仕事をサクッと片していこうではないか。


 意気揚々とノーパソをカタカタしていると、


「風間ー」

「はい?」


 振り向けば部長ハゲがいる。


「この前頼んでた修正依頼書、今日が締切だったわ。スマ〇コ、ス〇ンコ」

「は……?」

「だいじょーぶ! お前ならできる!」

「……」


「なる早なー」と言い残し、本日何度目かの喫煙ルームへとスタコラサッサ。


 社畜あるある。

 組み立てたスケジュール、一瞬で崩壊しがち。


「あ、あのハゲマジで……!」


 今すぐ喫煙所に駆け込んで、弱点剥き出しの頭皮に退職届叩きつけろか……!

 周りで仕事している社員たちの、「この度はご愁傷様です」という生温かい視線がひしひし伝わる。冷ややかな視線ならば、この煮え滾る気持ちも幾分か冷めたかもしれんのに。


 行き場のないストレスを感じる最中さなか

 スッ、と俺の頭を優しく撫でてくる小娘が約一名。

 伊波である。


「可哀想なマサト先輩……。私がイイ子イイ子してあげましょう」

「今の俺はすこぶる機嫌が悪い。今すぐ立ち去るか、シュレッダーにブチ込まれるか選べ」

「えっ。私をシュレッダーにかけたいってことは……。! 私をメチャクチャにしたいってことですか!? や、止むを得ませんっ! マサト先輩にならメチャクチャにされ――、」

「スキャナーで脳みそ調べてこいバカタレ!」


 頭のネジ1本以外外れとんのかコイツは。隣の宮田君がコーヒー吹き出したじゃねーか。


「OA機器で全てたとえるあたり、マサト先輩は根っからの社畜さんですねー」

「やかましい。てか、オフィス用品をOA機器って呼ぶお前も大概社畜だけどな」

「ノンノンノン」

「あん?」

「私の場合、呼び方がカッコイイからOA機器って言ってるだけですっ!」

「そのドヤ顔、今すぐコピー機で印刷してやりたいわ……」


「一緒に顔押し付けます?」と、伊波がプリクラ気分で決めポーズ。

 何故、ロナウジーニョがゴールを決めたときと同じポーズなのだろうか。なつい。


「で、俺に何か用事か?」

「あっ。自分で調べてみるので大丈夫です」

「は?」


 言っていることが理解できず首を傾げれば、伊波は申し訳なさげに苦笑う。


「新規提案書の作り方で分からない箇所があったので、マサト先輩に教えてほしかったんです。けど、急ぎの仕事が入っちゃったみたいなので」


 成程。俺に質問しにきたところを、部長の横やりが入った感じか。

 そんでもって俺に気を遣っているわけと。

 安心したわ。俺の傷口抉るためだけに、近づいてきたわけじゃなくて。


「じゃあ私はこれで――、」

「で、提案書の何処が分からないんだ?」

「えっ?」


 俺の言葉が予想外といった様子だった。

「ほら。早く教えろ」と目で訴えれば、伊波も渋々答え出す。


「え、えっとですね。リマーケティング広告のシミュレーション方法なんですけど……」

「ああー。リマケのほうは未だ教えてないもんな」


 時刻を確認すれば10時過ぎ。


「片手間で教えられるもんでもないし、そうだな……。スマンけど、午後イチからでもいいか?」

「私のほうは時間あるし何時でも――、って、いやいやいや!」


 ノリツッコミ的な? 伊波が猛反発してくる。


「これ以上、マサト先輩の手を煩わせるわけには! 私、やればできる子なのでお構いなく!」

「自分で言うんじゃねえ」

「でも――、」

「あのな伊波」

「?」

「お前の教育係は誰だ?」


 慌ただしかった伊波が、ジッと俺を見据える。

 そして、そのまま観念したかのように唇を尖らせて呟く。


「……マサト先輩」

「だろ? だから、お前が気を遣う必要なんてねーんだよ」


 コイツは勘違いしている。俺の業務には最初からスケジュールに組み込まれているのだ。

『伊波を教育する』という見えないスケジュールが。


「部長の依頼書作りと、お前に使い方を教えるのだったら、作業量は大して変わらんと思う。けどな、」

「けど?」

部長ハゲのは厄介ごとで、お前のは初期投資なんだよ」


 賢い伊波のことだ、もう気付いてくれただろう。

 大きな瞳を一層大きくする新卒小娘を横目に、スケジュールを修正すべくキーボードを打ち込んでいく。


「数年後のお前が戦力としてバリバリ働いてくれる。結果、俺が楽できるようになる。WINWINってわけだ」


 初期投資が実る確証なんてない。1年も経たず辞めてしまう後輩だっているし、キャリアアップを望んで転職する後輩だっている。

 ぶっちゃけった話、それはそれで構わない。そいつが選んだ道なのだから応援したいとすら思う。

 離職率の高いブラック企業の教育係なんて、費用対効果に合っていないのかもしれない。


 それでもだ。それでも俺は教育係を降りたいと口にすることはしない。

 理由は至極シンプル。生産性のない部長ハゲの尻拭いするよりも、将来性のある後輩の面倒を見るほうが、ずっと有意義だから。


 要するに、伊波こうはいの成長を間近で見れる時間は全く苦ではないのだ。

 残業上等と言えるほどに。


 こんな小恥ずかしいことは、死んでも口に出さんけども。


「てなわけだ。悔しかったら、自称やればできる子じゃなくて、公認のやればできる子にまで成長――、」

「マサト先輩……」

「ん?」

「だから大好きっ!」

「はあん!? ぐぉ……!」


 感極まった伊波、シャ―――ッ! とキャスター付きPCチェアが、大移動するくらいのダイビングハグ!?


 俺に跨る伊波の乳が、俺の顔面にジャストフィット。めり込めばめり込むほど、『ヘッドロックは痛いもの』から、『ヘッドロックは気持ちいいもの』に脳内WIKIが編集されてしまう。参考文献、俺。


「私っ、マサト先輩をこき使えるくらい出世しますね!」

「恩を仇で返そうとすんじゃねえ! てか、ドサクサに紛れて抱きつくんじゃねえ!」

「ドサクサじゃありません! 正々堂々とです!」

「余計質悪いわ!」


 先輩上司にセクハラしないように教育する必要もあるとか……。

 いい加減離れろと手払いすれば、何故だろうか。


「マサト先輩っ、マサト先輩っ」

「???」


 ニコニコ笑顔の伊波がさらに顔を近づけてくる。

 そして、耳元で囁くのだ。



「これからも、私をしっかり教育してくださいね?」



「な―――……!」

「あははっ♪ マサト先輩の顔赤~~~い♪」

「~~~~っ! このクソガキ~~っ!」


 この後、滅茶苦茶説教した。


 さらにその後、涼森先輩に滅茶苦茶説教されたのは言うまでもない。

 俺が悪いのだろうか……。







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