6話:組み立てたスケジュール、一瞬で崩壊しがち
ブラック企業であればあるほど、企業体制が
社風が『人員不足は気合と残業で乗り切りましょう』という謎のスタンス。従業員の気力と体力が擦り切れるまでヘビーローテーションさせ続ける鬼畜仕様。
当然、ブラック企業に率先して入社したい猛者などいるはずがない。いるとすれば、よっぽどの物好きかドMだけ。
となれば、どうやって上層部の人間たちは、新卒や中途といった迷える子羊たちを自社へと誘うのか。
答えは簡単、誤魔化すのだ。
求人サイトの待遇欄に、『悪い』ことを、さも『良い』ことのように記載する。
例を挙げるなら、
・時間外手当アリ(全て払うとは言っていない)
・平均月残業30時間(繁忙期は毎日終電ギリギリ、早く帰るのは上層部だけ)
・若手でも率先してチャンスを与えます(責任を負わないでいいとは言ってない)
などなど。「マジシャンかよ」とツッコみたくなるくらい事実をひた隠す。
『アットホームな職場です』という文言が記載されている会社には要注意。バイオのファミパンおじさんに匹敵するくらい、空虚なファミリー感が待ち構えている可能性は高いだろう。ソースは我が社。
開き直って劣悪な環境をアピールしたほうが、タフな求人者が集まるのではなかろうか。
『日々の激務は当たり前! セクハラやパワハラする
採用ページだってそうだ。美人社員たちが和気あいあいしたシーンばかり載せるのではなく、喫煙ルームで煙と溜め息を吐くアラサー社員たちを載せる方がかえって潔いというもの。
もし俺が転職活動するとして、そんな潔いブラック企業があったら応募するだろうか。
うん……、絶対しない。
※ ※ ※
当然だが、仕事のやり方は千差万別である。
朝イチでメールチェックする者もいれば、全ての仕事を片し終えてからメールチェックする者もいる。
カロリーの低い仕事から順々にこなす者もいれば、カロリーの高い仕事から順々にこなしていく者もいる。
好きなものは最後に食べる派の俺としては、最初に細々した仕事を片し、最後にガッツリした仕事に集中して取り組みたい。
というわけで、午前中までに軽い仕事をサクッと片していこうではないか。
意気揚々とノーパソをカタカタしていると、
「風間ー」
「はい?」
振り向けば
「この前頼んでた修正依頼書、今日が締切だったわ。スマ〇コ、ス〇ンコ」
「は……?」
「だいじょーぶ! お前ならできる!」
「……」
「なる早なー」と言い残し、本日何度目かの喫煙ルームへとスタコラサッサ。
社畜あるある。
組み立てたスケジュール、一瞬で崩壊しがち。
「あ、あのハゲマジで……!」
今すぐ喫煙所に駆け込んで、弱点剥き出しの頭皮に退職届叩きつけろか……!
周りで仕事している社員たちの、「この度はご愁傷様です」という生温かい視線がひしひし伝わる。冷ややかな視線ならば、この煮え滾る気持ちも幾分か冷めたかもしれんのに。
行き場のないストレスを感じる
スッ、と俺の頭を優しく撫でてくる小娘が約一名。
伊波である。
「可哀想なマサト先輩……。私がイイ子イイ子してあげましょう」
「今の俺はすこぶる機嫌が悪い。今すぐ立ち去るか、シュレッダーにブチ込まれるか選べ」
「えっ。私をシュレッダーにかけたいってことは……。! 私をメチャクチャにしたいってことですか!? や、止むを得ませんっ! マサト先輩にならメチャクチャにされ――、」
「スキャナーで脳みそ調べてこいバカタレ!」
頭のネジ1本以外外れとんのかコイツは。隣の宮田君がコーヒー吹き出したじゃねーか。
「OA機器で全てたとえるあたり、マサト先輩は根っからの社畜さんですねー」
「やかましい。てか、オフィス用品をOA機器って呼ぶお前も大概社畜だけどな」
「ノンノンノン」
「あん?」
「私の場合、呼び方がカッコイイからOA機器って言ってるだけですっ!」
「そのドヤ顔、今すぐコピー機で印刷してやりたいわ……」
「一緒に顔押し付けます?」と、伊波がプリクラ気分で決めポーズ。
何故、ロナウジーニョがゴールを決めたときと同じポーズなのだろうか。
「で、俺に何か用事か?」
「あっ。自分で調べてみるので大丈夫です」
「は?」
言っていることが理解できず首を傾げれば、伊波は申し訳なさげに苦笑う。
「新規提案書の作り方で分からない箇所があったので、マサト先輩に教えてほしかったんです。けど、急ぎの仕事が入っちゃったみたいなので」
成程。俺に質問しにきたところを、部長の横やりが入った感じか。
そんでもって俺に気を遣っているわけと。
安心したわ。俺の傷口抉るためだけに、近づいてきたわけじゃなくて。
「じゃあ私はこれで――、」
「で、提案書の何処が分からないんだ?」
「えっ?」
俺の言葉が予想外といった様子だった。
「ほら。早く教えろ」と目で訴えれば、伊波も渋々答え出す。
「え、えっとですね。リマーケティング広告のシミュレーション方法なんですけど……」
「ああー。リマケのほうは未だ教えてないもんな」
時刻を確認すれば10時過ぎ。
「片手間で教えられるもんでもないし、そうだな……。スマンけど、午後イチからでもいいか?」
「私のほうは時間あるし何時でも――、って、いやいやいや!」
ノリツッコミ的な? 伊波が猛反発してくる。
「これ以上、マサト先輩の手を煩わせるわけには! 私、やればできる子なのでお構いなく!」
「自分で言うんじゃねえ」
「でも――、」
「あのな伊波」
「?」
「お前の教育係は誰だ?」
慌ただしかった伊波が、ジッと俺を見据える。
そして、そのまま観念したかのように唇を尖らせて呟く。
「……マサト先輩」
「だろ? だから、お前が気を遣う必要なんてねーんだよ」
コイツは勘違いしている。俺の業務には最初からスケジュールに組み込まれているのだ。
『伊波を教育する』という見えないスケジュールが。
「部長の依頼書作りと、お前に使い方を教えるのだったら、作業量は大して変わらんと思う。けどな、」
「けど?」
「
賢い伊波のことだ、もう気付いてくれただろう。
大きな瞳を一層大きくする新卒小娘を横目に、スケジュールを修正すべくキーボードを打ち込んでいく。
「数年後のお前が戦力としてバリバリ働いてくれる。結果、俺が楽できるようになる。WINWINってわけだ」
初期投資が実る確証なんてない。1年も経たず辞めてしまう後輩だっているし、キャリアアップを望んで転職する後輩だっている。
ぶっちゃけった話、それはそれで構わない。そいつが選んだ道なのだから応援したいとすら思う。
離職率の高いブラック企業の教育係なんて、費用対効果に合っていないのかもしれない。
それでもだ。それでも俺は教育係を降りたいと口にすることはしない。
理由は至極シンプル。生産性のない
要するに、
残業上等と言えるほどに。
こんな小恥ずかしいことは、死んでも口に出さんけども。
「てなわけだ。悔しかったら、自称やればできる子じゃなくて、公認のやればできる子にまで成長――、」
「マサト先輩……」
「ん?」
「だから大好きっ!」
「はあん!? ぐぉ……!」
感極まった伊波、シャ―――ッ! とキャスター付きPCチェアが、大移動するくらいのダイビングハグ!?
俺に跨る伊波の乳が、俺の顔面にジャストフィット。めり込めばめり込むほど、『ヘッドロックは痛いもの』から、『ヘッドロックは気持ちいいもの』に脳内WIKIが編集されてしまう。参考文献、俺。
「私っ、マサト先輩をこき使えるくらい出世しますね!」
「恩を仇で返そうとすんじゃねえ! てか、ドサクサに紛れて抱きつくんじゃねえ!」
「ドサクサじゃありません! 正々堂々とです!」
「余計質悪いわ!」
先輩上司にセクハラしないように教育する必要もあるとか……。
いい加減離れろと手払いすれば、何故だろうか。
「マサト先輩っ、マサト先輩っ」
「???」
ニコニコ笑顔の伊波がさらに顔を近づけてくる。
そして、耳元で囁くのだ。
「これからも、私をしっかり教育してくださいね?」
「な―――……!」
「あははっ♪ マサト先輩の顔赤~~~い♪」
「~~~~っ! このクソガキ~~っ!」
この後、滅茶苦茶説教した。
さらにその後、涼森先輩に滅茶苦茶説教されたのは言うまでもない。
俺が悪いのだろうか……。
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