5話:記憶にございません。……マジで?
いくら夜遅くまで飲もうとも、会社が存続する限りは出社しなければならない。
「いや~~、昨日はお騒がせしました♪」
「……」
お騒がせした奴の顔面じゃねえ。
何故だろうか。昨晩、真っ青だった伊波の顔はツヤッツヤッのツルッツルッ。
就業前からエンジン全開。元気一杯に両手を合わせる姿は、まごうことなき、いつもの伊波渚である。
勿論、あのあと滅茶苦茶セックスしたわけでも、24時間営業の岩盤浴&スパに行ってデトックスしたわけでもない。
伊波を介抱後、タクシーにぶち込んで、家へと強制送還させただけ。
「お前、昨日の夜は死にかけだったじゃねーか。何でそんなに元気なんだよ」
「??? お水沢山飲んで、一晩グッスリすればスッキリしませんか?」
「……」
少し前まで大学生をやっていた奴のリカバリー
というより、コイツのアルコール分解能力が常人離れしているだけだろう。
学生時代の自分を思い返しても、しこたま飲んだ翌日は、二日酔いでロクに講義を受ける体力など残っていなかった。
鉄の肝臓を有する伊波は、社畜よりボクサーになったほうが良いのではなかろうか。
「ねーねー、マサト先輩っ。今日はどこへ飲みに行きますか?」
「お前は休肝日って言葉を知らんのか!」
「えー!」と唇を
これ以上、伊波の
何よりもだ。
「というか伊波」
「はいです?」
きょとん、と首を傾げる伊波に恐る恐る尋ねてしまう。
「俺って、過去にとんでもない『約束』を、お前にこぎつけたことがあるのか……?」
昨晩、ホテル前で伊波に告げられた言葉、真剣な表情が鮮明に脳内再生される。
『……約束したくせに』
今の今まで、約束の内容が気になって仕方ない。
気になり過ぎて昨日の夢に出てきたくらいだし、
気になって当然だ。自分が
酒の席、酔った勢いで「また今度エッチしようぜ」と誘ってしまったのか。
はたまた、納期に追われてパソコンと睨めっこしている合間に、「ホテル行きましょう」といった伊波からのお誘いを生返事で返してしまったのか。
いくら悩み散らかしたところで思い出すことができない。
というわけで、伊波の口から真相を聞く以外、術がないのだ。
俺としては、自分がド畜生な人間か否かを決める大切な場面。
被害者(?)である伊波はどうだろうか。
「約束? ……。あ~~」
「あ~~、ってお前……」
「そんなこともありましたね」と言わんばかり。昨日のことにも拘らず、何年も前のことのように懐かしみを覚えている始末。
肩透かしにも程がある。あれだけ真剣な表情、本気で拗ねていた伊波は何処へやら。
さらには、いつも通りなニッコリ笑顔で言われてしまう。
「その件は忘れてもらって大丈夫です!」
「は?」
「というか、忘れちゃいましょう♪」
「…………。はぁん!?」
俺史上、最大の間抜け面に、「先輩の顔、面白~い♪」と伊波がケラケラと大爆笑。
「いやいやいや! あんな意味深な表情と発言されて、忘れられるわけねーだろ!」
「そんなこと言われましても。う~~ん……、何で昨日の私は、あんなこと言っちゃたんでしょうね?」
「聞きたいのはコッチなんだよ! てか、お前にまで忘れられたら困るんだって!」
「ごめんなさいっ。沢山飲んじゃったから忘れちゃいました!」
「絶っ対、嘘!」
ボケたフリをして介護士にセクハラする老人の如く。
てへぺろポーズを決め込む伊波の両肩を掴みつつ、「大丈夫! お前なら思い出せる!」と、ぐわんぐわんとシェイキングするものの、やはり伊波は口を割らない。
それどころか、へにゃ~と顔を蕩けさせ、
「えへへ♪ 朝からマサト先輩にスキンシップされて幸せだな~♪」
「リラックスしてる暇があったら思い出せ! あと、どさくさに紛れて抱きつこうとすんじゃねえ!」
「いや~ん♪」
尚も密着しようとするコイツの脳内を調べることができれば、どれだけ楽だろうか。
「相変わらず、君らは仲良いね」
「あん!? これのどこが――、あっ……」
てっきり、因幡が話かけてきたのかと思った。
時すでに遅し。
整った顔立ちを目一杯不機嫌にする彼女が、俺の頬を軽くつねってくる。
「んー? 先輩に生意気言う口は、こ・れ・か・な?」
「す、すひはへん(す、すいません)……」
素直に謝れば、ムッスリ顔から一変。自分の唇へと指を押し付けてクスクス笑う。
その指は数秒前まで俺の頬に触れていただけに、少々ドキッとするのは男の性。
「おざます、涼森先輩」
「うん、おはよ。過度なスキンシップは、仕事中はダメだからね?」
「了解でーす! 今のうちにくっついときまーす♪」
「どつくぞコラ」
俺らの様子を微笑まし気に眺める彼女の名を、
2コ上の先輩であり、我らが会社の頼れるリーダー的存在である。
今日は内勤らしい。ゆったりシルエットのブラウスに、アンクル丈パンツの清楚コーデ。
シンプルながら、キュッとしたウエストに巻かれたベルトであったり、長く艶やかな黒髪ストレートを引き立たせる髪留めなど。一点一点に強い拘りを感じる。
ファッションに然程興味の無い俺ですらセンスが良いと思うのだから、かなりのオシャレ上級者なのだろう。
綺麗なお姉さん。その一言に尽きる。
本日もキャリアウーマンの代名詞、朝スタバをしていたようで、涼森先輩の手にはコーヒーカップが持たれている。
「いいなぁ。私もできる女目指して、スタバ通おうかなぁ」
「止めとけ。形から入っても、どうせ長続きしないから」
「えっと、経験者は語るってやつですか?」
「!? う、うるせー!」
「あははっ! 渚ちゃん、大正解みたいだね!」
チクショウ……。仰る通りすぎてツラい……。
ひとしきり笑い終えた涼森先輩は、ご満悦な様子。長財布を開くと、そのまま何かのチケットを伊波へと差し出す。
「正解した渚ちゃんには、コーヒーチケットをプレゼント」
「わっ! いいんですか?」
「うん。これで好きなドリンク飲みながら、朝スタバに挑戦してみてね」
「やったー♪ 早速、明日の朝行ってきますね!」
日本酒1杯でも大喜びな伊波、コーヒー1杯でも大喜び。ワンコイン女ここにありけり。
まぁ、素直に喜べる伊波だからこそ、老若男女問わず人気があるのだろうが。
「ふふーん♪ マサト先輩いいでしょー♪」
人気者に、めっちゃグーパンしたい。
「涼森先輩。あんまりコイツを甘やかしちゃダメですよ。日々、生意気になるばかりです」
「えー。でも、渚ちゃんに一番優しいのって風間君じゃない?」
「……」
「あっ! 経験者は語るって奴だー♪」
「……俺、泣きますよ?」
「ごめん、ごめん!」と手を合わせる先輩だが、クスクス笑いっぱなしなだけに説得力皆無。
「大丈夫だよ。後輩は生意気くらいが可愛いんだから」
「う~ん……、そういうものですかね……?」
「そういうものだよ。だって、私が初めて教育した後輩も、そこそこ生意気だったけど可愛いかったもん」
「…………。その教え子って、俺ですよね……?」
「さて、どうでしょう♪」
どうでしょうも何も、貴方が初めて教育した後輩は俺しかいないでしょうに。
私が初めて教育した後輩。
……うん、最強にエロい響きだな……。
「あ――――っ! マサト先輩、『初めて教育した後輩』って響きに絶対興奮してる! 今、鼻の穴がプクッてした!」
「!? う、ううううるせー! 先輩への気遣いがお前はできんのか!」
「風間君……、すごく大きなブーメランが刺さってるからね……?」
仰る通り過ぎてツラい。
いくら騒いだところで、後頭部に刺さったブーメランがめり込むだけ。
「??? マサト先輩、どこ行くんですか?」
「……自販機でコーヒー買ってくる」
哀愁漂う背中を披露しつつ、一階にある自販機目指して歩き始める。
逃げたわけではない。ケッシテ。
これだけメッタメッタに振り回されたのだ。伊波に昨晩の件を問い直す気力など残っているわけもない。
というか、結末によってはマジで泣く。
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