3話:伊波ちゃん+酒=スーパーハイテンション
残業終わり。
約束どおり、俺ら2人は飲み屋へと繰り出していた。
「かんぱーい♪」「乾杯」
グラス同士を合わせた後、キンキンに冷えたビールを喉元へと一気に流し込む。
まさに一日の褒美。疲労困憊した身体に、黄金の炭酸水が染み込むわ染み込むわ。
「くはぁぁぁぁ~~~~♪ この一杯があるから、止められないんですよね~~~♪」
可愛いオッサンここにありけり。
目前の伊波も大満足。力強く握り締めた両手をブンブン上下させ、舌鼓をポンポン打ち続ける。
22、23歳の女子ならば、梅酒やカシオレ、ワインなんかを好んで飲むのだろう。
しかし、コイツの大好物はよく冷えた日本酒。地酒と刺身好きのガチ勢。
もう一度、クイッとグラスを傾ければ、
「ああ……♪ 日本に生まれて良かったなぁ~~~♪」
舌鼓、10連コンボだドン。
周りに媚びず、自分の好きなものを美味しそうに飲む姿は、見ていて気持ち良さすら感じさせる。
とはいえ、年頃の娘が
世のOLたちが、オシャンティなイタリアンバルやカフェ飯屋でインスタってるときに、
「えっと……、桃みたいな華やかな香りで、味わいはさっぱり爽やかで――、」
飲んでる日本酒の味をスマホでメモっててエエんかえ? とツッコみたくはなる。
俺らリーマンからしたら、高評価だけども。
しまいには、まじまじ見ているのがバレてしまう。
「先輩も飲みます? 福寿の純米吟醸っ♪」
「別に日本酒欲しさに見てたわけじゃねーけど」
「分かってますよー。私との間接チュッチュ欲しさですよね?」
「唇ちょん切ったろか」
「酷いっ! けど、その素っ気なさが好き!」
将来、DV癖のある男を好きにならないか心配。
『飲んでもいい』というより、『飲んでほしい』という表現のほうがしっくりくる。
伊波は器用にもテーブル下に潜り込むと、するりと俺の真隣へ。
そのまま手に持ったグラスを差し出してくる。
「ささっ。後輩の勧めるお酒ですよ? 可愛い後輩の酒が飲めんと言うのか」
「……。俺初めてだよ……。後輩にアルハラされるの」
「えへへ♪ 先輩の初めていただいちゃいました♪」
何その嬉しいようで、悲しさしかない窃盗事件。
「先輩も日本酒好きじゃないですか。飲んで飲んでっ」と共有という名の強制を余儀なくされ、受け取ったグラスを一口。
「おっ。美味いなこの酒」
「でしょ? 美味しいんですよ、この日本酒っ♪」
その笑顔、
んなもん、エチルアルコール勧められても美味いって言ってまうわ。
余程共有できるのが嬉しいのか。「前失礼しまーす」と俺近くにある御品書きを回収した伊波は、一緒に見てと言わんばかりに肩をくっつけてくる。
「先輩も次は日本酒を頼みましょーね。私、大好きな
「まだ飲み終えてないのに、次の酒のことを考えるとか……。お前、本格的な酒飲み思考――、あっ! 俺のビール!」
酒飲みの本領発揮。伊波は俺のビールを回収すると、ジョッキに半分以上入っていたビールを豪快にもグビる。CM狙っとんのかというレベルで、あっという間にジョッキはすっからかん。
「うんっ! これで先輩も日本酒に突入できますねっ♪」
「……泥酔したら、捨てて帰るからな?」
「や~ん、捨てないで~♪」とさらに密着してくる伊波は、もう手遅れなのかもしれない。
飲み始めの段階で手遅れと思うのだから、一時間も経てば後戻りできないレベルである。
「あ~~~♪ お酒は美味しいなぁ♪ お酒は楽しいなぁ♪」
新卒小娘、絶賛泥酔中。
色白な肌をポカポカと赤く火照らせ、ハキハキした大きな瞳はトロロンと
当たり前に俺へと寄りかかり、すっかり甘え上戸モードである。
「伊波、それ俺の箸」
「何言ってるんですか先輩っ。このお箸は、お店のお箸に決まってるじゃないですか~」
「いや……、そういうことを言ってるんじゃなくてだな……」
「あれれ? こんなところにストッキングが落ちてる??? 先輩っ、だらしないですよ! こんなところに脱ぎ散らかして!」
「俺が穿いてたわけねーだろ! お前が脱ぎ散らかしたストッキングだバカヤロウ!」
「あははははっ! 先輩面白~~~~い♪」
消えようかな……。コイツをぶっ飛ばさんうちに。
「マサト先輩のモノマネしま~~~す!」
「あ?」
何をトチ狂ったのだろうか。
俺の肩に傾きっぱなしだった伊波が、いきなり姿勢を正し始めた?
ほんわか笑顔一変、キリッとした顔立ちで言うのだ。
「若いうちはガムシャラに働け。俺が新卒の頃、部長にいただいた『金言』ですが」
「ブッ……!」
「あははははっ! 先輩むせた~~~♪」
小娘ぇ……。
恩を仇で返すとしか言いようがねぇ……!
「私そっくり~~~♪」と、キャッキャッはしゃぐ伊波の頬っぺたをつねられずにはいられない。これでパワハラと言われるのなら、法廷で戦うことも
とはいえ、酔っ払いの痛覚は死んでいるらしい。俺がつねろうが、へにゃり笑顔のまま。
「あのときの先輩、カッコ良かったなぁ」
「…………。はぁ!?」
「カッコ良いマサト先輩に突撃~~~~♪」
「!!! おまっ……!」
伊波が俺の膝に
唐突な膝枕プレイに動揺必至。
「こ、こら! 猫かお前は!」
「にゃ~ん♪」
「私は人懐っこい仔猫ですよ」とでも言わんばかり。伊波ネコがマーキングするかのように、柔らかな頬、艶やかに香る髪、たわわな胸やくびれた腰、華奢な肩や細腕などなど。己の全身を余すことなく俺へとスリスリ擦り付けてくる。
マーキング攻撃は終えても、膝枕攻撃は継続中。俺の内ももを定位置に、伊波はまったり落ち着いてしまう。
「お前な……。こんなとこ、他の奴らに見られたら始末書もんだぞ」
「先輩の膝枕のためなら、始末書なんて安いものですっ」
「俺の気持ちも考えんかい」
「えっと……、膝枕されるより、したい?」
「やかましいわ」と軽くチョップすれば、伊波はクスクスと肩を揺らす。
甘え上手でイタズラ好き。それがいつもの伊波という後輩。
なのだが、
「ねぇ先輩」
「ん?」
「今日の私、さすがに生意気すぎましたかね?」
「生意気? …………。ああ……」
一瞬何を聞かれたのか理解できなかった。けれど、直ぐに真意を理解できてしまう。
「部長に盾突いたことか」
ご名答らしく、伊波は1つ頷く。
「意外だな。お前は気にしてないと思ってたけど、気にしてたんだな」
「気にしちゃいますよ。駆け出し社員の私が、役職ある人に噛みついたんですから」
終業直後の一件を本気で気にしているし、不安なのだろう。あれだけハシャいでたはずの伊波が、気付けば静かになっているのだから。
心なしか伊波の背中が小さく見えるし、膝に感じる重さも殆ど感じなくなってしまう。
思わず、伊波の頭に手を置いてしまう。
「先、輩?」
「気にすんな。部長が何か言ってきても、俺が守ってるやるから」
「……っ!」
見上げてくる伊波の瞳が一層に大きくなる。
馬鹿な奴だ。一生懸命頑張っている後輩を見捨てるわけがないのに。
見捨てるわけがないからこそ、
「お前に魔法の言葉をやろう」
「魔法の言葉、ですか……?」
「おう。また部長に誘われたら、こう言ってやれ」
俺も酔ってるんだろうな。
「『先輩と飲みに行くので、部長とは飲みに行けません』ってな」
こんな恥ずかしいセリフがサラッと出ちまうんだから。
とはいえ、羞恥心が込み上げてくるのだから、圧倒的アルコール不足。
伊波の反応を見る余裕すらない。
「と、とにかく! 俺に辞められて一番困るのはあのオッサンだから! お前はバンバン俺を利用しろってことだ!」
自分でも「何ギレだよ」とツッコみたくなる。何なら伊波にツッコんでもらってチャラにしてほしいまである。
しかし、伊波はツッコもうとはしない。
それどころか飛び切りの笑顔で応えてくれるではないか。
「はいっ♪ 『大好きな先輩と飲みに行くので、部長とは飲みに行けません』って言いますね!」
「!!! …………。~~~っ! そ、そういうことだ!」
恥ずかしかったり、素直な後輩が可愛かったり。もう顔が燃えてるかもしれん。
顔が熱いのは酒のせいなんですと、手元のグラスを鷲掴んで一気飲み。
今日イチの飲みっぷりを披露するものの、下から見上げてくる伊波の顔はニコニコしたまま。
「ねーねー、マサト先輩」
「なんだよ」
「1つだけ訂正させてください」
「?」
横向きから仰向け体勢になった伊波が、ちょいちょいと俺を手招く。
言われるがまま顔を近づければ、伊波が俺の耳元で囁く。
「マサト先輩に辞められて一番困るのは、部長ではなく私ですよ?」
「!!!」
「えへへ……♪ そのポジションだけは絶対に譲れません♪」
俺以上に恥ずかしいことを平然と伝えてくるんですけど……。
新世代恐るべし……!
もはや、泥酔状態、ハイテンションモードの伊波に逆戻り。
「あははははっ♪ 照れてる先輩可愛い~♪」
「はぁぁぁ!? ほ、本当に辞めたろか!」
「辞めないくせに~♪ 半端ものの私を置いていくほど、冷たくないくせに~♪」
「~~~っ! この小娘ぇ!」
「きゃ~~~♪」
このあと、めちゃくちゃ説教した。
何の意味も成さなかったけど。
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