2話:部長には、超良い人か、超クソ野郎の2パターンしかいない説

「伊波ちゃ~~~ん! 今から一杯引っかけに行こーや!」


 こういう空気の読めない上司には、なりたくないものである。

 因幡や伊波のなんちゃってセクハラ親父ではなく、ガチ勢のセクハラ親父降臨。


 ハゲ――、失敬。頭皮を焼き畑農業中の中年が、一際デカい声を上げつつ俺たちというか伊波のもとへとやって来る。

 名を西大寺さいだいじ

 残念なことに、俺らの部長である。


『会社の人間でグーパンしたい奴』ランキングがあるのなら、ぶっち切りで1位に君臨するほど。それくらい悪評高い存在が、西大寺という男だ。


 自分の仕事を部下に押し付けるのは当たり前。女性社員にパワハラ&セクハラは日常茶飯事。上司に対して指紋が消えるくらいゴマをすり続けるのは不変のことわり

 以上、常識・デリカシー・毛根に乏しい生物なのだ。


 セクハラ親父全開。部長は息をするかのように、伊波の肩へと手を置いてニタニタ。


「ほら~。伊波ちゃん細すぎー。もうちょい、ムチッとしてるほうがオジサン的にはポイント高いよ? よっしゃ! スッポン! スッポン鍋食いに行こう!」


 凄いよな。親と子くらい離れた女子に対して、平然と一緒の鍋を突こうと提案できるのだから。しかもクセの強いスッポン。

 あぶらぎった矛先は因幡にも向けられる。


「因幡ちゃんも行くよね。スッポンってオッパイにもに良いらしいから、もっと大きくしちゃおう!」

「…………」

「あれ? 因幡ちゃん?」

「…………」

「もしもーし! 聞こえてるー?」

「…………」


 部長が因幡へと大きく手を振ろうと無反応。

 それもそのはず。因幡はくつろぎモードから一変、ピンと姿勢を伸ばしてノートパソコンと絶賛向き合い中。「私は作業に集中しています」とでも言わんばかりに、バカでかいヘッドホンを付けて。


 因幡よ……。せめて、イヤホンジャックにコードを挿せよ……。

 因幡はメールを打っていたようで、俺のスマホにメッセージが届く。


『後処理は任せた!』


 やかましいわ。

 伊達に、入社当時から部長のセクハラ攻撃を流し続けてきたわけではないらしい。

 後処理を任されたものの、俺の力など果たして必要なのだろうか?

 愛嬌たっぷり、張り付いた笑顔で伊波は宣言する。


「ごめんなさ~い。私、スッポンも苦手なんです~」


 スッポン『も』って言うんじゃねえ。

 断る勇気どころか、けなす余裕さえある。

 嫌なものは嫌。好きなものは好き。それをハッキリ言えるのが、伊波渚クオリティ。


「若いのに好き嫌いダメダメ! スッポンは精付くよ~? 夜、元気一杯のほうが彼氏も喜んでくれるよ~?」

「私、彼氏募集中なんで食べないでも大丈夫でーす」

「えっ! 伊波ちゃん、彼氏いないの! うわぁ~、僕があと20年若かったらなぁ~」

「私、年の差とか気にしないタイプなんで、年齢関係ないでーす」

「ええっ!? 伊波ちゃん、僕のことを異性としても見てたの!? いや~、参ったなこりゃ!」

「やだ~! 部長さん冗談キツ~イ! 冗談キツすぎて、厚労省に相談しちゃいそ~♪」

「アハハハハ~♪」「ダハハハハッ!」


 俺は何を見せられながら仕事をしているのだろうか……。

 伊波の逞しさには舌を巻くものの、部長のしつこさにもやはり目を見張ってしまう。

 切れ味抜群の言葉で伊波が口撃こうげきし続けても、空気が読めない部長ハゲには全くに通用せず。馬鹿は死んでも治らない。

 穏便に済ませたかった伊波も、さすがに笑顔のメッキが剥がれつつある。


「まだ仕事が残っているので、本当にごめんなさい」

「ダメだよ~! 新卒のときから残業するクセをつけちゃ!」

「それはそうかもしれませんが……」

「いいかい? 残業するってことは、仕事を効率的にできていないって証拠なんだよ」


 続けて、自信たっぷりに部長は言う。


「残業する奴が頑張ってる? 違う違う! 頑張れてないから残業してるだけだから!」 

「っ!」


 デリカシー皆無な発言に、伊波の大きな瞳が一層に見開く。


「……それって、今残業しているマサト先輩や他の先輩たちは、頑張れてないってことですか?」


 天真爛漫な新卒OLは何処へやら。華奢な肩や細腕にワナワナと力を込め始める。

 俺や残業組、バカにされている人間以上に、不快感をあらわにしてしまう。

 案の定、伊波の感情は、部長には届かない。


「その通り! 僕に言わせてみれば、風間たちは頑張り不足だね!」

「撤回してください! 私、残業している人が頑張れてないとは思いません! だって、頑張れない人なら残業なんて絶対しないですもん!」

「ちちちちち。伊波ちゃんは考えが若いなぁ~。そりゃそうだよね! だってまだ1年目の新人なんだから!」

「1年目だろうが何年目だろうが、この気持ちは絶対変わりません!」

「OKOK! その熱い議論は食事しながら交わし合おうじゃないか!」

「だからっ――!」


 部長聞く耳持たず。もはや、耳鼻科より脳外科を推奨したいレベル。

 というものの、伊波の考えが若いという点は頷ける。


 自分がセクハラまがいなこと言われても我慢できるくせに、俺らが馬鹿にされるのは我慢できないのだから。全くをもって忍耐力が足りん。

 そもそもの話、自分の管理もままならないヒヨッコに守られるほど、俺らZ《ざんぎょう》戦士はヤワではない。

 総評、もっと頑張りましょう。


 もっと頑張らないといけないからこそ、



「おい伊波。俺が頼んだ仕事をほっぽり出して、鍋食いに行ったりしないよな?」



「先輩……」「風間?」


 もっと頑張らないといけないからこそ、伊波に手を差し伸べないといけない。

 何故ならば、俺はコイツの教育係だから。


「風間ぁ! 新卒の子に夜遅くまで仕事させとんのかお前は!?」


 部長はニタニタ顔から一変。俺へとがなり声でわめき始める。

 こういうときだけ察しが早いのは、さすがというか末恐ろしいというか。


「伊波ちゃんに押し付けないで、お前が――、」

「若いうちはガムシャラに働け」

「あい?」

「俺が新卒の頃、部長にいただいた『金言』ですが」

「…………。おおう……」


 覚えてないでしょうね。自分が早く帰りたいがため、仕事を押し付けたいがために吐いた言葉だろうし。

 こういうのって、言われた側はずっと覚えているもんだ。

 いつもは見たくもない部長の顔面だが、今ばかりはガン見してしまう。


「もしかして、あのときの言葉が嘘だなんて言いませんよね?」

「!!! い、いやいやいや! そんなわけあるか! 若いうちはガムシャラに働く! 言った言った!」

「良かったです。俺『たち』は、ずっと部長の言葉を信じて働き続けてますから」

「……たち?」

「だよな、皆?」


 首を伸ばしつつ周囲を見渡す。

 ずっと準備していたのだろう。


「風間さんの言う通り! 部長のお言葉があったからこそ、残業も休日も頑張ってこれました! ……涙も血尿も堪えつつ」

「私も私も。部長が誰にでもできる仕事回すのって、部下に経験を積ませるためですよね? 部長クラスの人間が、楽するために仕事擦なすり付けるわけないですよね? ……ですよね?」

「だよなー。あと、部長が『これだからゆとりは』って口酸っぱく言うのも、愛情の裏返しッスよね? ……ただの悪口だったら減給レベルだし」


 Z《ざんぎょう》戦士たちよ。言葉にトゲしかねーぞ。


「あははっ! 部長もクソ野郎のフリするの大変だねー♪」


 因幡はヘッドホン付けたまま大爆笑するんじゃねー。

 もう一度言おう、Z《ざんぎょう》戦士はヤワではない。

 何よりもだ。後輩を守りたくなる気持ちは、ホワイト企業もブラック企業も関係ない。

 さすがのお気楽部長も冷や汗だらだら。


「……ウン。全部僕ノ愛情表現ダヨ……」


 身から出たさびという言葉がお似合いすぎるほどにお似合い。

 視線を部長から伊波へ。

 そして、アイコンタクトで伝える。

「いいか? ムカつく上司には、こうやって対処するんだ」と。

 3か月以上も先輩後輩の関係をしていることはある。


「私、残業しますっ。部長の言葉を引き継ぐために! マサト先輩に一生付いていくために!」


 一生は付いてこんでエエわい。

 さすが自慢の後輩。飲み込みが早い。


 もはや怒りや苛立ちの感情も無ければ、張りぼての笑顔でもない。

 いつもどおりな100点満点な笑顔、キラキラな瞳に戻った伊波は、部長にフィニッシュブロー。


「というわけです! 私たちは残業頑張らせていただきますので、部長はどうぞお帰りください♪」

「ウ、ウン……。頑張ッテネー……」


 さっきまでの威勢は皆無。何も言えねえ状態になった部長は、逃げるように肩身を狭くしてそそくさと退社していく。完全勝利である。

 異物が無くなれば、社内は大盛り上がり。


「さすが風間と伊波ちゃん、ナイスコンビ!」

「部長ざまぁ見やがれ! スッキリした~……」

「俺、今ので1週間はぐっすり眠れるわ」


 などなど。どんだけ部長は嫌われてんだよ。

 コイツも余程、勝利が嬉しいのだろう。


「マサト先輩っ♪」


 寄り添うように真横に来た伊波が、俺へと両手のひらを差し出してくる。

 俺も若干テンションが上がっているのかもしれん。

 ついつい、伊波のハイタッチ要求を受け入れてしまうのだから。







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