第2話:殴り合いラグランジュ点

 ちょっとコンビニ行ってくる、くらいの感覚で個人による太陽系各惑星圏間の移動が可能になったのは正直便利といっていいのかわからない。変態的な技術力を持つ個人や、そういった者達に投資しておこぼれを頂く富裕層がマスドライバーやレーザー推進機関等を個人所有する様になってもなお、未だに地球はおろか先祖代々の土地からさえ離れることなく一生を終える者達がほとんどであった。

 そんな時代でも相変わらずブラック企業というものは蔓延り、貧富・強弱の格差はなくならない。


 十二月二十四日。そんな世界に対し宣戦布告しようとする者達が月外縁軌道圏に集合しているということを、察知できたものが誰も居なかったのは、果たして世界の怠慢だったであろうか。





 ソリにも似た懸架台にうつ伏せの状態で載せられた〈0グンタマ〉はそのままマスドライバーにより打ち上げられる。成層圏を突破した辺りでそれから分離した〈0グンタマ〉。

 翡翠色の双眸ツインアイが一際輝きを放つと、天使にも似た背部バインダーの四枚と腰部に一機、計三対の翼を展開し、各部スラスターを起動した。膨大な出力を以て地球の重力圏から解放されるなり、羽撃はばたく様なマニューバを打ち、宇宙空間を飛翔していく。


『やはり来たか……ヲタクくん!!!』


 チャラ男が搭乗する深紅色の機体がいた。

 その銘は〈パリピー〉。パリピの髪の様なトゲトゲとした頭部が、睨み付ける様に掲げたモノアイを地球方面へと向ける。

 彼以外のメンバーは最短でもその数秒以上は遅れて、ようやくそちらから迫る機影を認知した。〈0グンタマ〉である。

『止めて欲しくはなかったが』

 〈パリピー〉のモノアイが真紅あかく光る。同時に機体は柄を引き抜き、その両端からビームの刃を発振させた。

『君なら止めにくるだろうと思っていた!』

 スラスターを全開で吹かし、突っ込んでいく。

 〈0グンタマ〉もまたビームソードを引き抜き発振させ、二人同時に突撃しあうことになった。

 数回斬り合い、躱しては斬り付け。数回の応酬を経て鍔迫り合いに発展する。

 電磁力と斥力を利用して荷電粒子を集束・固定化する仕様のビーム刃は接触時に反発し合う性質がある為に、実体が無くともこの様な芸当が可能であるらしい。机上の空論と当初は言われていたが最初にやった人がなんかできた為にそういうことだろうということになったという。

 それはさておき。

「チャラ男! もう止めろ! 君がやろうとしていることは……!」

 鍔迫り合いの最中、ヲタクくんが通信越しにチャラ男を説得しに掛かる。

『復讐などではないさ!』

「だったら!!?」

『社会が持たない時が来ているというのだ!』

 だがチャラ男は投降を望まない。

 両者とも互いを押し出し合い、スラスターを吹かして距離を取った。

『社会に蔓延る、綺麗事ばかり言って結局は自分達のことしか考えていない連中!

他者より先へ! 他者より上へ! 競い、妬み、恨み、その身を喰い合う!』

 得物を持たない左腕を動かし、指先で地球を指す〈パリピー〉。身振りを交えながら話すその姿が、彼の激情を体現する様だった。

『やりたい連中だけで張り合ってるならまだいいだろう! だが負けた者や、ただ巻き込まれた者はどうなる? ただ一方的に食い物にされるしかないのか! それが悲しい、それが悔しい……だからッ!』

 再び激突する二機。

『この私、茶羅乙菜振チャラ・オツナブルが粛清しようというのだ!』

「エゴだよそれは!」


 〈0グンタマ〉がビームソードを縦方向に薙ぐ。だがそれを〈パリピー〉は、あろうことか得物たるビームツインスピアの

 それもそのはず。対ビームコーティングを施したこの柄は、ビーム刃を浴びても熱で溶断されることもなく受け止めびくともしない。


『弱者を作り出すのは強者だ! 上級国民という強者が庶民という弱者をッ、さらにその下に段々とッ……!』


 〈0グンタマ〉とて軟な機体ではない、そういう自負はヲタクくんにもあった。実際かなり高い水準のはずであろう。〈ピーコフレーム〉を組み込んでからはあらゆる性能がさらに向上したといっていい。

 それでも後付けで搭載した機体と違い〈ピーコフレーム〉の存在を予め想定し洗練・最適化した〈パリピー〉のマシンポテンシャルとは、正直に言って比べようがなかった。

 何が言いたいかというと、状況が押し返されつつあったのである。


『負の連鎖は止まらない、加速する!

このままでは、彼女の涙は止まらない……!

清廉なる正しき人道を、理解しようとしない、野蛮な獣ォッ!!!』


 怨念にすら似た低い声が響く。

 ついには押さえていたはずが逆に押さえられてしまった。自らの刃が機体の表面に触れないギリギリを維持するのが限界という状態。


『彼女は私の母になってくれたかもしれない女性だ! その彼女があろうことか、ブラック企業で残業に残業を重ねて精神をすり減らされ続け、挙句にどっかの大企業のボンボンに撥ねられて死んだ! あの優しかった彼女がだ! その悲しみが君にも分からないか!』


 この緊張ただならぬ状況の中、その言葉に思い出す幼き日々。ヲタクくんと幼馴染みだった彼女が、海外から転校してきた帰国子女のチャラ男との出会い。肌や髪の色の違いで浮いていた彼を救ったのは他ならぬ彼女であった。

 二人の仲を応援していた。そんな中でのあの出来事。


 分かるけど……君の言うことも分かるけどッ……!


「チャラ男……強者などどこにもいない、人類すべてが弱者なんだ!!!

僕も君も、ついでに上級国民とかブラック企業の人達とかも!!! みな弱者なんだ!!!」


 押されつつある中、ヲタクくんは語り掛ける。

 だが。


『私はまだ、奴らを弱者とは認めていないッ!!!』

「情けない奴ッ!!!」


 半ば押し出される形で、距離を離される。

 再度の決裂、しかし危うい均衡からの仕切り直しには成功した。


 だが、油断はならない。

 ここまでお互いに飛び道具を使用しなかったのだから。

『行け、ビット!』

 〈パリピー〉が計十二基の子機ビットを放つ。

 全てが同じ漏斗に似た形状をしたそれの一基一基が自動で獲物を追跡するビーム砲台だ。何機かずつローテーションで先端からビームを発射してくる。

「行け、チバ・シガ・サガッ!」

 負けじと吼えるヲタクくん。同時に〈0グンタマ〉の主翼から大型フィンビット〈チバ〉二基・中型フィンビット〈シガ〉四基・小型フィンビット〈サガ〉六基、、奇しくも同じ十二基がそれぞれ放たれる。

 〈チバ〉がビーム刃を発生させ突っ込んでいき、〈シガ〉は機体の周りを〈サガ〉は敵機へと移動してそれぞれビーム砲台として機能する。

 互いに激しく動きながら宇宙を駆け抜ける二機のヒトガタ。

 ビット兵器の応酬。その中を掻い潜りながら、ふと「何となく気配を感じた」という理由から回避挙動と、同時に背部バインダーに懸架したままのライフル二挺を後ろ向きに一発ずつ放つ。

 完全に〈0グンタマ〉の背後を取っていたはずだったらしいチャラ男の僚機が攻撃を回避され、同時に放たれた迎撃に対応しきれずに両腕を穿たれ沈黙した。

『やるなヲタクくん……!』

「僕でなければ撃墜おちていたさ……!」

 各種ビット、並びに頭部の近接防御機関砲を放ち、迎撃する〈0グンタマ〉。

 〈パリピー〉も腹部の大口径ビーム砲からビームを放つ。

 〈パリピー〉のビットが立て続けに数機落ちる。〈0グンタマ〉のビットも損耗し欠損が出る。


 その応酬の中で〈パリピー〉が突っ込んできた。

 ビームスピアもビーム砲もエネルギーが限界に達しているらしい、素手のまま殴り掛かってきた。

 右手が一発、左手が一発、〈パリピー〉の拳が〈0グンタマ〉の顔を打ち据える。再度右腕が迫り、打ち据えたところで。腕を掴んだ〈0グンタマ〉に背負い投げの要領で、いつの間にか近づいていた月に目掛けて投げ飛ばされる。

 月面で受け身を取る〈パリピー〉。だがそこに〈0グンタマ〉が迫る。

 最初に使用した方を納刀し、予備としてもう一本装備していたビームソードを左手で抜刀し、串刺しにせんと突きを放つ。

 後ろにのけぞり回避する〈パリピー〉だが躱しきれずに腰部フロントスカートが削られる。

 反撃に、まだエネルギーが溜り切ってないビームスピアを抜刀して横薙ぎに一閃した。〈0グンタマ〉の右肩を打ち据える。咄嗟の一撃とはいえ、肩の装甲こそ破壊できたが、内部構造まではダメージを与えられなかった様である。

 月面に降り立つ二人。二人とも距離を開けていた。

 チャラ男を取り巻いていた者達は皆その光景に見入っていた様で誰一人として割り込もうとしなかった。


『決着をつけるぞ、ヲタクくんッ!』


 本来双頭のはずのビームスピアの刃を片側に集中させることで、ようやく運用できる状態とする〈パリピー〉。

 対する〈0グンタマ〉もまた左腕で握るビームソードに右腕を添え、中段に構えた。

 僅かの間の静寂。ほぼ同時に地表を蹴り出した。

 スラスターを全開にして切り込んでいく。その刹那。

「未来は見えているはずだ!!!」

 吼えるヲタクくん。


 一騎討ちの結果は。


 〈パリピー〉の右腕が落ちる。ガクリ、と項垂れる。


 対する〈0グンタマ〉は、まだ稼働できる状態であった。


『……何故殺さない?』

 納刀する機体を横目に、チャラ男は問いかける。

「彼女が悲しむ」

『……そうか』

 その返答に何を思ったか。

 〈0グンタマ〉の差し出した手を取って、ようやく立ち上がった〈パリピー〉。


 今すぐわかれとは言わない。でも、時間を掛けてでも互いに忖度しあえる様に変えていこう、と。そう短く応答する。


「ところで、さっきからチラチラ見えてるあれは何だい?」

『いや、わからん』

 二人して、移動する光点を確認する。

『彗星かな……いや、違う、彗星はもっとこうバーッて動くもんな』

 すると、だ。

 数秒程、少し沈黙したかと思ったら、途端にチャラ男は笑い出した。

「何がおかしい!」

『今同志から連絡があった』

 次に発せられた言葉に、ヲタクくんは戦慄することになる。

『あの流れ星は地球に落下する様だ!』

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