第6話 バレンタインデー
アイスピックで地表を刺したら……おっとこの言い回しはヤバい。
まあとにかく冬真っ盛り、道路に貯まった水溜まりが完全に凍結し、近所の小学生がスケートの様にその上を滑っていた。
本日もいつもの様に美空と登校、暫く黙って歩いていると美空は唐突にカバンから何かを取り出し俺に渡してきた。
「まあ……一応義理で」
「──おおおおお! マジか!」
本日は2月14日、マフラーで顔を半分隠した美空が俺に赤い包装紙に包まれた小さな箱を手渡す。
期待してなかったと言えば嘘になる。でも毎年くれはしたが、最近はいつも不機嫌で、ひょっとした今年は無いかも……なんて思っていた。
「何を嬉しそうに……どうせ嫁から貰ってるんでしょ?」
マフラーで隠され表情はあまり伺い知れないが、恐らく照れくさそうにしているのは見て取れる。
普段の態度とのギャップに俺は思わず萌えそうになった。
「嫁言うな! いや、まあ……何か隠れてこそこそやってるみたいだけど」
妹からのチョコはまだ貰っていない。
ただ数日前程から昨日迄、深夜キッチンから漂うチョコレートの匂いは2階の俺の部屋まで漂っていた。
見に行こうかな悩んだが、ショックは一度だけにしたいと思い直し、俺は布団の中で震えつつ、無視を決め込む。
毎年恐ろしい事が起きる妹からのバレンタインに、俺は戦々恐々としていた。
そんな中での、美空から貰えた恐らくは普通のチョコレートに俺は喜びを隠せないでいた。
「ふ、ふーーん、じゃあ私が一番なんだ……」
「まあな……で、中身は激辛とかじゃ無いよな?」
愛情の無い義理チョコならまだ嬉しいが、日頃の恨みの込もった、ハバネロやプットジョロキア入りの激辛チョコレートの可能性も捨てきれない。
「そんな面倒な事するわけ無いでしょ! 普通のチョコレートに……ってなにしてんの?」
そう聞いた瞬間俺は美空から貰ったチョコの包みを天に掲げ神様にた。
「ありがとう美空、ありがとう神様、普通最高!」
「……べ、別に毎年あげてるじゃん、何を今さら」
「いや、まあここ数年……と、とにかくありがとな! ホワイトデー楽しみにしてろな!」
「そ……期待しないで待ってる」
美空はプイと振り向き学校に向かってスタスタと歩いて行く。
俺はカバンに美空からのチョコを大事そうにしまうと、急ぎ美空を追いかける。
待てよ、このツンデレめ……。
俺が隣に並ぶと、バレンタインの話題を避ける為か、照れを隠すかの様に唐突に話始める。
「そういえば、帰ってくるんだって?」
「ん? 誰が」
「聞いてないの?」
「何の事?」
「そっか、じゃあ脅かすつもりなんだ」
「何を言ってる?」
「別に……」
「なんだ? 気になるなあ……」
主語が無いと言うか、美空はよくこんな感じで思わせ振りな事を言う。
まあ長い付き合いなんで、それでもわかる事が殆んどだが、今回の話全く検討が付かなかった。
そんな俺を気にする事なく、話題を授業の話に切り替える。
最近俺達の会話は、ほぼ学校の事ばかりで、あえて妹の事は避けている。
現状どうにもならないから……いや、まあ……今どうにかしても意味はない。
でも、このままってわけにもいかない……。
妹は俺達の高校への推薦入学が決まっている。
あれだけ可愛い妹だ、恐らく入学すれば生徒間でかなり話題になるだろう。
自他共に認めるブラコンの妹は小学生の頃から有名だった。同じ地区で私立に行く奴以外は殆んど同じ中学生になった為に、ブラコンの事は周知の事実だった。
その為か、周りは妹を遠巻きに見るだけで、俺を差し置いて告白する様な事は殆んど無かった。
それでもしつこく言い寄る奴は居た。
あまりにしつこかったらしく、妹は思わずそいつに、俺と結婚していると言ってしまった事が……そしてそれは瞬く間に広がった。
でも……その時は美空の協力で、なんとかその事を誤魔化す事が出来た。
しかし高校ではそうはいかない、妹が重度のブラコンって事を知らない者が殆んどだ。
あれだけ可愛い妹……恐らくは……告白の嵐に。
その時妹はどうするか、また……俺と結婚していると言ってしまうかも知れない。
いや、それだけならまだいい、あの結婚式のキス写真、動画、そしてその後に俺と……もぞもぞした事を……言われたら……。
入学早々二人揃って生徒指導室に呼ばれ、取り調べ、そして親バレ……停学……なんて事になりかねない。
そんな事になったら……親父に殴られた事無いのに……殴られるかも……知れない。
まあ、今考えた所でどうにもならない、そこは妹が入学してから考えようと、俺は頭を切り替え、他愛も無い話を振った
「……そう言えば、陸上部はどうなんだ?」
「あーーうん、まあ」
しかし、美空は俺を見ずに、なにやら濁した言い方をする。
「何かあったのか?」
「まあ、色々とねえ」と、言った所で学校に到着してしまい、それ以上の理由は聞けなかった。
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