第5話 憂鬱な美空
隣に住む幼なじみの美空……徒歩通学な為に、家を出るのは、ほぼ同じ時間になる。
そしてクラスは違ったりもするが、帰宅部の俺と美空は下校時も一緒に帰る事が多かった。
別に美空に合わせる必要も無いんだが、十年以上も一緒に登下校していると歯磨き以上に習慣づいてしまい、美空の風邪や体調不良なんかの際、一人で登校すると、なんだか気持ちが悪い。
ただ…
ずっと一緒と言ってもその十年あまりの間に、二人きりでの登下校は、中学1年の時と、現在進行中の今、高校1年の、その2年間だけ。
それ以外は俺と妹と美空の3人で登校していた。
以前は俺以上に妹と仲の良かった美空。
本当の姉妹の様に、美空は妹を可愛がっていた。
でも……ここ数年、そう、俺と妹が結婚し妹がみるみる回復していく毎に、美空と妹の間に何か距離が出来ている様な気がしていた。
そして、3人で登校していた去年、中学最後の年の更に卒業式の日だった。
妹は卒業式の準備の為に俺達よりも先に学校に行き、俺と美空は中学最後の日、二人で登校した。
「来年は二人で登校だね」
隣を歩く美空は卒業式とあって、いつもよりも髪を綺麗に整え、いつもの様に可愛らしい笑顔を俺に見せ付けてながら隣を歩く。
「ん? ああ、でも1年後にはまた3人で登校できるよ」
寂しいのかな? と思い俺がそう言うと、美空は笑顔から一転、苦虫を潰した様な表情に変わった。
そして少しの沈黙の後に、俺を見ずにうつむいたまま、ポソりと呟く様に言った。
「ううん……紗瑛ちゃんが入学したら、私は一人で行くから」
「……え? な、なんで? 紗瑛と喧嘩でもした?」
「してないけど、そう決めたから……」
「決めたって……」
突然そんな事を言い出す美空。
卒業後にも、俺は何度かその理由を聞いたが美空は一切答えなかった。
そして美空は高校に入ると、たいして練習していない弱小陸上部に、足も速くないのに入部してしまう。
そしてそれ以来、俺とは下校の時間は合わなくなり別々に帰る事が多くなった。
美空と少しずつ距離が離れていく、距離を置かれていく……離れて行く……何故かそんな気がしていた。
でも、美空は俺に必要な存在だ。
妹と離婚するには、美空が必要なのだ、
そして……。
「またか……」
「またかって……?」
昨夜妹から風呂に突撃された時の俺の様な諦めた声、そして表情の美空は、ため息を吐きつつ、そっとカバンで胸を隠す。
「な、なんで隠す?!」
「あんたが見てるからよ!」
「み、見て! たけど、別にやましい気持ちで見てたわけじゃないぞ!」
「……そんじゃ、どういう気持ちで朝から幼なじみの胸をジロジロと見ていたのか、参考までに聞かせて貰いましょうか?」
本日も、いつもの様に美空と登校している。
昨日は夜中迄妹とイチャイチャさせられたので、本日妹は満足顔で登校していった。
イチャイチャって言っても手を次いで映画鑑賞観賞しただけだぞ!
なので毎朝の恒例、言ってらっしゃいキスイベントは、さらっと切り抜けた。
いつもはそれを見せ付けられ不機嫌になる美空なのだが、今日は恐らく見られてはいない筈。
つまりは機嫌が良い、つまりは胸を見ても怒られない。
美空の胸は俺にとって必要不可欠なのだ。
妹の胸では得られない満足感、満ち足りない俺のこの気持ちを解消するには美空の胸が必要だと言わざるを得ない。
なんて言えるわけもなく。
「何が言わざるを得ないよ、いやらしい」
「え!」
な、なんで俺の考えがわかるんだ? 完全に地の文だったじゃないか? それに答えるとか、常識に欠けるぞ! どこの憂鬱作家だ!
「全部聞こえてるから、全く相変わらずバカなんだから」
「う、うるせえ……よ」
「そんなんだから妹なんかと結婚するのよ」
「神父はお前だけどな」
「うるさい!」
美空は胸を隠していたカバンを振り上げ俺を殴りにかかるが、俺はバックステップでそれを避ける。
そして腕を振り落とすのと同時に振り落とされる二つの大きな物をしっかりと凝視した。
「うん、今日も癒された」
「……し、バカ!」
俺に避けられバランスを崩した美空の腕を持つ。
俺に支えられ態勢を整えた美空は俺を一瞥しながらそう言った。
恐らく最初は死ね! って言おうとしたのだろうが、それを押し留めバカに変えた。
俺が死ねって言葉が嫌いだから、それを知っているから……。
今でこそ慣れた、周りが死ねって言葉を使う事に。
でも小学生の時は、その言葉を気楽に吐く奴が大嫌いだった。
何度も取っ組み合いの喧嘩になった。
それがどういう意味か、俺は嫌って程考えさせられて来たから。
「……ありがとな」
「何がよ」
「側にいてくれてさ」
「キモ、どうせ私の胸が目当てなんでしょ」
「……まあ、否定はしない」
「バカ」
美空はそう言うと、何事も無かった様に俺の隣に並び歩き始める。
本音を言い合っても平気な相手、俺の相棒、親友、悪友、妹の次に……大事な人、俺の大事な幼なじみ。
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