第3話 共犯者


「じゃあお兄ちゃん浮気は駄目だからね」

 家の前で制服の上からコートを着た妹は、目を瞑り口を尖らせながらそう言った。


「──しないから」

 キスをせがむ妹を見て俺は一つため息をつき突き放す様に言った。

 俺よりも頭二つ近く低い身長の妹は、それでも構わずに俺に向かって背伸びをしつて顔を近付ける。

 あれから何度かした妹とのキス……でも最近は勿論していない。

 あの柔らかい感触はすっかり忘却の彼方になっている……多分……。


「だから駄目だって」


「えーーー」


「えーーじゃない、ほら遅刻するだろ」


「ぶうううう」

 今度は目を見開き口を尖らせキスと同じ唇の形で、俺に向かってブーイングする。

 とはいえ、これは全部お約束、毎朝恒例のやり取りだ。

 そしてこの恒例のやり取りは恐らく後数ヶ月で終わるだろう。


 妹と俺は来年からまた一緒に、同じ学校へ通う事になるであろうから……。

 


 毎朝恒例のやり取り、その妹のブーイングで吐かれる息が、段々と白くなっているのを見て、順調に寒くなって来ている事を実感する……。


 そして息白しが消え、温かくなって来る頃に妹は高校生になる。


 両親から妹が、長くは生きられないかもと聞かされた事は、もう遥か昔の事だと思えるが……実はまだ十年も経っていない。

 

 そして後1年の命と、俺が勘違いしてから5年の月日が流れ……計算が合ってれば今年で4回目の冬となる……誰か検算しといてくれ。

 

 どんよりと曇る冬特有の空を眺め、今にも雪が降りそうな天気に、冬の到来をさらに実感する。


「……おはよ」

 妹を見送り、そのまま家の前で空を見上げていると、背後から空模様に似たような、どんよりとしたテンションで声をかけられる。


「……おう」

 

「……寒いね」


「だな……」


「──嘘、熱々な癖に」


「……なんだよそれ」


「ふん……」

 相変わらず不機嫌そうな表情で俺を一瞥すると、構わずスタスタと歩き出す。 

 

「待てって」

 

「あ~~ら、そろそろ来年の事を考えて、別々に登校した方が良いんじゃないかしら?」

 どこぞの悪役令嬢を思わせるセリフ、朝から憎まれ口を叩き、待っていた俺をイラっとさせる。

 アッシュベージュの髪の色は彼女の母親にそっくりで、不機嫌な表情でも、ハンデに全くならない程に、綺麗と思える。

 本当、最近益々母親に近付いているなってそう思わされる。


 俺が一緒に登校しようと待っていた彼女は、先の結婚式の首謀者の一人である八木沢美空だ。小学校の時からの腐れ縁で現在俺と同級生の高校1年。

 元売れなかったアイドルで、最近になって女優で復活をした母親を持つという、色々と複雑な家庭環境故に、性格も以前よりも少々複雑に成長中で……あ、いや、こっちは妹と違って身体の成長は……。


「誰が複雑な性格よ!」


「ええ!」

 なんだ? まさか長年一緒にいた為に、遂に俺の心を読める様になったとでも言うのか?!


「しかもどこ見ながら言ってるのよ!」

 そう言ってコートの上からでもわかる大きな二つの物を持っていたカバンで隠す。


「おおお、お前の胸になんて、興味無いんだからね!」


「何ツンデレってるの? きも~~」


「誰がツンデレってるだ」


「そうよねえ、あんたはロリコンだもんねえ、あ、それとも妹萌え?」


「誰が3年書いても箸にも棒にも引っ掛からない妹ワナビだ!」


「何言ってんの? 意味わかんない」


「俺だってわかんねーーよ」

 なんかたまに電波が……。


「まあ、女房持ちの男になんて興味無いけど」


「ぐ……」


「……で、マジでどうすんの?」 


「それなあ……」


「来年また騒ぎになっても助けないからね」


「そんなあ、お前だって共犯者だろ?」


「私はあんたに騙されただけだから!」


「騙してねえ!」

 こちらも毎度お馴染みのやり取り、妹は俺と結婚してから、みるみる回復していった。その様子に初めは喜んでいたが、最近は俺に疑いを持つ様になっている様で……。


「シスコン」


「違うって言ってるだろ」


「じゃあ、ちゃんと言いなさいよ、旦那じゃないって、あれはお遊びだったって」


「……そ、それは」


「ふん、あんたスケベだから、既成事実でも作ってんじゃないの?!」


「き、既成ってなんだよ」

 規制は色々してるぞ、そして寄生もされてるぞ。


「言わせんな、バーーカ」

 コートを着ているのでスカートは翻らないけど、長く細い綺麗な素足を俺に見せつける様に、その足を振り上げキックをしてくる。


 昔なら足を掴んでひっくり返して、思いっきりパンツを見てやるんだけど、高校生で、それをやったら一生口聞いてくれなくなりるだろう。


 美空には今後結婚の協力以上に、離婚への協力をしてもらわなければならないので、ここでパンツ程度で嫌われるには割りに合わない。


 俺にキックを避けられ憮然とした顔で俺を睨み付けると、また構わずにスタスタと歩き始める。


「全く……」

 情けなくも俺は再び蹴られても避けられる距離を取りつつ、美空の後ろをとぼとぼと着いていく。


 先にいけば怒られ、待っていれば、いつもこんな調子になる。

 そんな美空との関係に俺は最近辟易している……が、さっきも言った様に、美空には今後協力をして貰わなければならない。


 俺と妹の……離婚に、彼女は絶対に必要な存在なのだ。

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