ハサミと玉ねぎ
めぞうなぎ
ハサミと玉ねぎ
ハサミと玉ねぎがある。
ハサミと玉ねぎだけがある。
ハサミで切るものがない。玉ねぎを切るものがない。しかし、ハサミと玉ねぎしかない。
では、ハサミで玉ねぎを切るしかない。
切れるか。
玉ねぎを手に持って、ハサミで紙を切るように、玉ねぎをちょきちょきと切れるか。
あるいは、ハサミを大股開いた形にして、片刃だけ、玉ねぎに押し当てて切るか。
せっかくのハサミなのだから、普段通りでオーソドックスな、ハサミの切り方をしてみよう。いつものハサミの持ち方が、ノーマルなのか、少し不安になる。
切りにくい。ずんぐりした玉ねぎを片手でホールドしながら、ハサミをぐわ、と開いて刃を入れていかなければいけない。刃が入っても、今度は力を入れて、ずぶずぶと刃を沈めなければ切るという行為にならない。
手を怪我しないように。やり始めたのでやめるのも億劫になったが、もしかすると押し当てる方法の方がよかったかしらん。
切れ目が深まってから気がついたが、ちょうど真ん中、とんがった頭と、もじゃもじゃした根っこを結んだ線で切ったけれど、北半球南半球という切り方をした方が楽だったかも。固いところがない。切りやすそうだ。考えている間に切り終わった。
知らない間に冷や汗が出ていた。自分でも意識しない間に無理な力が入っていたのか、手が滑らないように注意が集中していたのか。汗を拭こうとしたが、手が玉ねぎの汁でしとどになっていることに思い当たった。こんな手を顔に近づけると、涙が、涙が止まらないくらい出てきてしまう。
でも、ハサミを持っていた方の手もびしゃびしゃだ。じんわりと玉ねぎのうるうる成分が効いてきて、視界がとろけて水膜の向こう側にあるようになった。ハサミで目を、拭く、と、それこそ眼球が北半球南半球みたいに、パッと赤道が通って、下半分が溢れ出した赤のすくりーんになってしまう。ウィンクのウィンク、4分の1ウィンクになる。
なにも、起きた事態に直ちに対処しなければならないような、切羽詰まった、火急の時ではない。しばらく待っていれば、多少マシになる。でも、その間、ハサミと、切れた玉ねぎを持ったまま呆けているのも不恰好だ。どうにかかっこよく収まる術はないか。ハサミの先端に、玉ねぎを刺してみてはどうか。武器みたいでかっこいいだろうか。串焼きの準備のような、あるいはバーベキューをしているように見えるかも。それか、お手玉をするのはどうだろうか。でも、ハサミと、ぶかっこうな半円2つとをくるくると手玉に取れるほどの力量はない。ハサミがうっかり空中で開いて、手を切ってしまうと玉ねぎの汁が傷口に沁みてしまう。それはいやだ。
そうこうしている間に治まってきた。急がず慌てず、冷静沈着な態度がこういう時にものを言うのだ。しかし、玉ねぎが切れたのはいいものの、ハサミをハサミとして実現させられたのかどうかが気になってきた。本来は、こんな無理に無理なものを切る役割にあるものではない。もっと、もう少し、力量に見合った、不自然でなくカットできるようなものをスマートに処理していくものではなかったか。
なんとかとハサミは使いようとは言うが、それにしても、いくら知性のきらめく閃きとはいえ、意に沿わぬ使われ方をするのではハサミも浮かばれまい。ハサミの死、とは、これいかに。ハサミの亡霊、一枚、二枚、数えるだけで大抵のハサミは刃の枚数が揃う。ベタつかないコーティング、多重加工、一層、二層と数えてもらわなければ困る。
では、ハサミの自己実現のために。切りやすいものを気持ちよく切っておこう。
切りやすいもの。切りやすいもの。
玉ねぎは切りにくかったが、玉ねぎの皮は切りやすい。ぱりぱりぴろぴろして、とっても手頃だ。
破れないように、2つ、大きなキャンパスを剥き取った。玉ねぎの皮を切り絵にしよう。玉ねぎはもう乾き始めていて、層が分かれて切り身のようになっている。そうか、数を数える亡霊ならば、玉ねぎの方がよかった。玉ねぎなら、数えている間に勝手にいなくなってくれる。どこからどこまでが玉ねぎなのか、自分でも分かっているのだろうか。
シチューとカレーを象った。この玉ねぎにありえた、イフの将来を描いた。こんな組み合わせに巡り会わなければ、玉ねぎの自己実現はそうなっていたかもしれない。
また、潤いを誘う成分が漂ってきて、玉ねぎの成れの果てに心を痛め、おいおい泣いた。玉ねぎの根っこみたいな部分は、もしかしたら臍の緒が伸びていた部分なのかもしれない。それをこのハサミは断ち切ったのだ。
玉ねぎを埋める穴を掘るため、ハサミは今度はスコップになった。
玉ねぎを埋めた穴に突き立てて、ハサミは今度は墓標になった。
錆びて飴色になった。
ハサミと玉ねぎ めぞうなぎ @mezounagi
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