第13話 手紙

 窓の外は暗闇だ。駐車場を挟んだ斜め向かいにある公園の街灯が、端っこに植えられている杉の大木を照らしている。その下にはプランターがいくつか並べられていて、季節ごとに花を咲かせている。白に赤、紫に黄色と今を盛りにと、パンジーが競い咲いている。

 町内会で当番を決めて世話をしていると聞いているが、一度の経験もないわたしでは荷が重いとこぼした。隣の住人に「女性陣で世話しているから安心なさい」と言われ、ほっとしたものだ。

 花と言えば、「会いたいんだが……」と、別れた妻を通して連絡を入れたことがあった。頼み事をするのに手ぶらというわけにもいかずに、食べ物にするかと考えてみたものの、好物が何だったのかとんと思い浮かばない。果物ならば大丈夫だろうと考えて商店街を歩いていたときに、向こう側から歩いてくる中年女性三人の声が耳に入った。

 どうやら結婚記念日だからと花を贈られたらしい。いつもはどら焼きだの栗饅頭だのと一応は名高い和菓子を持ち帰ったらしいのだが、「ダイエットに励み始めたわたしを気遣ってなの」と、余程に嬉しかったのか大きな声で笑っていた。その様を見て、急きょ花を買い求めた。

 とってつけたようなわたしの行為は、かえって別れた妻に警戒心を抱かせてしまったかもしれない。

「『親子の縁を切る』って、言ってましたよ。よほどに嫌われたのね、あなたは」と、告げられた。絶句したわたしを哀れと思ってくれたのか「でも一応は、話してみますけどね。当てにしないでくださいよ」と、付け加えられた。

 結局のところ、妻を経由しての手紙に対する返事は一通もない。正直のところ、毎月の養育費を送り続けていれば、子供たちの気も変わるかと半ば期待したわたしだった。

「養育費を送れば良いというものじゃないですからね」

 そんなきつい手紙が時折届いた。わたしの中に諦めの気持ちが湧いていた。親子の情といえどもこんなにもろいものかと、子供たちを恨めしく思わないでもなかった。それでは己はどうなんだと問い詰めてみた。

 会いたいという気持ちの強さはどれほどのものかと、己に問い質してみた。

 たとえば土砂降りの雨の日にずぶ濡れ状態で行かねばならぬとしたら、たとえば近年にない大雪の日に防寒具を着ることなく行かねばならぬとしたら、たとえば隣の市まで徒歩で出かけねばならぬとしたら、はたしてそれでも行くだろうか。親ならば行く、わたしは行く。そう思った。しかし、わたしという父親に会うために、わたしという子どもは行くだろうか。まるで自信がなくなった。

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