第12話 会話

 久しぶりの娘の声が心地よい。娘との最後の会話は、高校入学説明会ではなかったか。なんとか仕事をやりくりして出かけた。桜の開花は告げられていなかったが、校庭に植えられている樹木に二、三輪ほどの開花があった。その樹木をバックに、大勢の親子が互いに写真の撮り合いをしていた。見も知らぬ相手に対して、娘が臆することなく「撮ってもらえませんか」と頼んだことには驚かされた。快く引き受けてくれたその女性に深々と頭を下げるわたしを見て、娘が言った。

「へえ。お父さんでも頭を下げることがあるんだ。意外だなあ」

 どうやら、妻との諍いごとでのわたしをさしてのことらしい。どんなに形勢が悪くなっても、わたしが謝る言葉を口にしないことを言っているようだ。しかし妻にしてもそうなのだ。決して謝ることはしない。結局のところ娘の取りなしで仲直りすることになった。

「それにしても、ほんとに何もないのね。テレビとサイドボードに、なにこれ。健康器具なの? 見たことがあるような気がするけど、足を乗せて腰をくねらせたりするの? ツイスターとか言うんじゃなかったっけ。やってるの、お父さん。おもしろそう、やってみようっと。まさかお父さん。これで若い娘と、なんて考えてないでしょうね。年を考えてよ」

「そうじゃないよ。腰に負担がかかるから、その対策用にと貰ったんだよ」

 速射砲のような娘に対し、防戦一方のわたしだった。

「どんな不満があったの、お母さんに。そりゃ、気の強いところはあるけどさ。あたしだって、時々頭にくることがあるけど。でも、お母さんにしても一生懸命だったよ。それにしても倉庫業務に回されるなんて、ちょっとショックよね」

「お前は、お母さんの味方だからな。父さんだって、いろいろ頑張ってはみたんだ。それにな、物流だからって、馬鹿にしちゃいけない。第二の営業と言われるほどに大事なことなんだ」

「ふっ、負け惜しみを言っちゃって」

 娘には、ひと言もない。親の都合で離婚をしたのだ。子どもには何の責任もない。これからの人生において、何かと不利な事もあるだろう。特に、結婚となると、片親では条件が悪くなるだろう。とにかく、子供たちに対しては、すまなさで一杯だ。それにしても、まさか来てくれるとは思いも寄らなかった。

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