第11話 軽蔑

 しかしあまりにこの人形は人間的すぎる。ひょっとして軽蔑という感情もインプットされているのではないか。それが少しの表情のかげりや声のトーンに現れる。他の者は気付かぬことに、そんなほんのささいなことに、わたしは気付いてしまうのではないか。そんな思いが頭を過ぎった。他人の目を意識していないと公言してはばからぬわたしだったが、実のところは怯えていたような気がする。悪く思われはしないか、軽蔑の眼差しを注がれはしないか、いつも気を張り詰めていた気がする。そしてそのことに気付かれぬようにと、他人との深い交わりを避けていたわたしだったと思えてならない。

 人形は目を輝かせて大きく頭をふりながら、嬉しそうに答えた。

「麗香は嬉しいです、お気に召さないのかと、淋しく思っていました。ご主人さま、どうぞいっぱいリクエストしてください。それでは、乳首がマスカットでは大きすぎますね。どうでしよう、サクランボぐらいでは?」

 それにしても、なんともこちらが気恥ずかしくなるような事を、こともなげに聞いてくる。

「麗香が抱きつきましょうか、それともご主人さまが抱いていただけますか。前からがよろしいでしょうか。それとも後ろから抱きついていただく方がよろしいでしょうか」

 思い描くだけで熱くたぎってくる。還暦を過ぎたわたしに、糖尿病を患っているわたしに、まだそんな力があったとは信じられぬ思いだ。

「最後に、パジャマとネグリジェのどちらが宜しいでしょうか。それとも……裸の方がよろしいでしょうか」

 ぽっと頬を赤らめる様は、とても人形とは思えない。


「お父さん、起きてよ。こたつのうたた寝は、風邪ひきの、どうしたの、顔が真っ赤だよ。熱でもあるの?」

「あゝ……。なんだ、明美か。えっ? いつ来たんだ。いや。初めてだな、アパートに来てくれたのは。どうだ、元気しているのか。仕事は、うまくいってるのか。教師だなんて、厳しいだろう、今どきの学校は。お父さんたちの頃の先生は、ほんとに尊敬されていたけれどもな。今は、たじたじらしいな。ちょっと待てよ。麗、いや誰か居なかったか?」

「何よ、誰かと暮らしてるの? 一人暮らしだって言うから、ちょっと心配になって来てみたのに」

 娘の少しスネたような声に、慌てて答えた。

「いやいや、一人さ。お客さんがな、来てたような、夢だったかな」

 考えてみれば、確かに変なことばかりだった。ありえないことばかりだった。あまりに己に都合の良い人形だった。夢だとしたら、確かに納得がいく。

「お父さん、聞いてる? 少しは、反省してるの? お母さんが怒るのも無理ないわよ。社内不倫だなんて。降格はされるし、部署も物流なんかに回されて。きついんじゃない? 仕事。肩なんか、バキバキじやないの。ま、自業自得よね。お兄ちゃんが言ってたわよ。『もう少しうまく立ち回ればいいものを』って。あたしに言わせれば、バレなくても許せないけどさ。でもお父さん、もてるんだね。ちょっと嬉しいかな」

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