第10話 眠気
そんなこんなを考えて黙りこくってしまったわたしに、起こしてしまって申し訳ありません、と謝ってきた。
「いや。ちょっと、昔を思い出してね」
人形は小首をかしげてにっこりと笑った。そう言えば、娘もよく小首をかしげたものだ。何かをねだるときなど、必ずと言って良いほどだ。リカちゃん人形だったかをねだられたときだった。チョコンとわたしの膝に乗ってきた。
「お父さん。お兄ちゃんにスーパーファミコンを買ってあげたんだから、わたしにはお人形さんが欲しい!」
ほほをプーッと膨らませていた。
「お兄ちゃんは、誕生日プレゼントだからでしょ。あなたは、お料理セットをもらったじゃないの」
追いかけるように妻がだめ出しをしてきた。その後どういういきさつだったのか覚えていないが、結局のところ買い与えた気がする。息子が十二月の誕生日だったから、案外のこと、クリスマスプレゼントかなにかだっただろう。
「娘に弱いんだから」
そう妻になじられた記憶がある。
突如眠気が襲ってきた。窓の外が暗くなっている。いつの間にか夜になっていたようだ。ぼんやりと過ごす内に、一日が過ぎてしまった。
今日は休日だったのか? カレンダーに目をやったがー確かに見えているのに、なぜか判然としない。頭に霞がかかった状態になっている。待て待て。正月休みで…人形が元旦に届いて…今、話をしている。なんてことだ、元旦じゃないか。どうしてこんなことが、すぐに分からなかったのか。これでは呆けたと言われても仕方がないぞ。
「ご主人さま、お寝みになられますか。でしたら添い寝をさせていただきたいのですが。体温はいかほどが宜しいですか? 三十五度から三十八度まで、一分単位で設定できますが。それとも、お布団の中で調整致しましょうか。まずは、三十六度からということでいかがでしょうか」
添い寝と聞いて、一瞬ことばに詰まった。一つ布団に二人など、新婚時代でもなかったことだ。「ひとり寝が長いので……」と、新妻にやんわりと拒否された。
「奥さん、好きな男がいたらしいじゃないか。泣く泣く別れたらしいぞ」
妻と面識がない二人の悪友の、何気ない悪ふざけの言葉だ。もちろん、笑いながら「冗談だよ」と、すぐに否定はした。そしてまたその折りの表情からも嘘だと言うことはすぐに分かった。分かりはしたが、「ひとり寝が」と言われた時に、ふと思い出してしまった。
「ぼくもなんだよ」。強がりを言ったものの、一抹の淋しさを感じたことを覚えている。
「申し訳ありません。ご主人さまのご意向も聞かずに。どうぞ、なんでもリクエストしてくださいませ」
「どんなことでもいいかね?」
断りを入れた上で、小さく「その、胸に、顔を埋めたいんだが」と呟くように言った。にこりとほほえむ人形に気を良くしたわたしはさらに続けた。
「そのあとで、その、顔をブルブルとしていいかね。れからおっぱいをチューとして、それをわたしにも。いやいい。リクエストが多すぎたようだ」
妻にしたかったこと、されたかったこと、色々な妄想が脳裏を過ぎる。そしてそれを口にしてしまった。相手は人形なのだ、占有者の意向には逆らうはずがないのだ。わたしの要求を拒否することはないと思ったのだ。そして笑顔で応えてくれるであろうとも思った。
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