第7話 手相占い
気恥ずかしくなったわたしは
「若い頃はね、キャバレーなんぞで、手相見遊びをしたものだ。なあに、嫌がる素振りを見せられてもね、かまいはしない。こっちはお客なんだ。手を触るぐらい、なんだって言うんだ! だったよ。それに本心から嫌がっていないことは、こちらも分かっていたことだしね」と、聞かれもしないことを話し始めた。しかし人形は反応しない。プログラムされていることを淡々とこなしているだけなのだろうか。
「ほんとにすごいですね。ご主人さまの生命線は。大病がなければ、百歳を超える寿命をお持ちです」
お世辞と分かっていても、嬉しくはある。苦笑いをするわたしに気付いて「麗香は、本当に手相をみることができるんですよ」と、付け加えてきた。
「ほら、手首にまで届いていますよ」
再度人形の指が、わたしの生命線をなぞった。細いしなやかな指が、手のひらをなぞっていく。そして手首に触れる。くすぐったさの中に、皮膚の下をぞろぞろと這い回るものがまたしても出てきた。やがてそれが胸の中心に到達し、心臓の鼓動を激しく動かした。
久しく忘れていた、いや片隅に追いやっていたものだ。今のわたしには百害あって一利なしの感情だった。人形らしからぬとは思っていたが、いかに精巧に作られているとはいえ、物は物なのだ。なのにあろうことか、ときめいてしまった。まさか人形に感情移入してしまうとは、思いもせぬことだ。友人たちのからかいの言葉が浮かんでくる。
「俺たちはだ、還暦を過ぎてしまった。もうと考えるか、まだと考えるかだ。俺は絶対に、まだだ」
日頃から生涯現役だと自負している男の、強い言葉が続く。
「当然だろう。平均年齢が八十に近くなっているんだ。しかしその数字にしても、あくまで平均なんだ。ということはだ」
延々と独演が続いた。現在(いま)を元気に過ごしている俺たちは、親父たちの世代とはまるで違う。老年じゃなく壮年と考えるべきで、従って生物的にはオスの状態にある。要するに性において現役だと言うことになる、と締めくくった。
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