第5話 いたずら心

 冬のことだった。妻が婦人会の集まりで留守にしている夜だった。たしか、息子が小学四年生で娘が二年生だったはずだ。始めて二人だけで風呂に入ったときのことだ。「一人ずつ出ておいで」と声をかけたにも関わらずに、二人同時に出てきてわたしを困らせた。

「こらこら。動き回っていたら着させられないだろうが。風邪を惹くから早くこっちに来なさい」

 息子はおとなしくわたしの指示に従うのだが、娘は「キャッキャッ」と声を上げて部屋中を走り回る。まったくの怖いもの知らずで、何にでも興味を示す。食べ物でもそうだ。息子は食べ慣れたものにしか手を出さないが、娘は新しいものを食べたがる。カレーの専門店に出かけた折に、辛いもの好きの妻のカレーに手を出して、大泣きをしたことがある。

 外食時での席では、必ず娘がわたしの隣に座る。息子が「今日はぼくだ」とわたしの隣に座ろうものなら、「お兄ちゃんがあたしのせきをとった」と、妻に直談判する。今日ぐらいはなどと言おうものなら、見る見る目に涙があふれてくる。悲しくなくても女は泣けるのよ、とは歌謡曲によく出てくる文言だが、まさしく娘がそれだ。

 息子にしても少しの意地悪な気持ちと、たまにはわたしの隣に座りたいという軽い気持ちなのだ。なのですぐに席を譲ることになる。すると嬉々として娘が隣にやってくる。それほどに父親であるわたしが好きなのかと言えば、そうでもない。ただ単に父と母を独占したいだけなのだ。

 まずはおとなしい息子を拭き上げた。そして娘の番になったときに、ストーブの保護ガードにお尻が当たってしまい、やけどをしてしまった。その時のわたしときたら、何をどう対処すべきなのか、まるで浮かばなかった。頭の中が真っ白になり、ただオロオロとしてしまった。多分、赤くなっていたであろうお尻に、フーフーと息を吹きかけただけの気がする。冷たいタオルを息子に用意させて冷やしてやるべきだったと、今では思っている。しかし娘は案外にケロリとしていたような気がする。火傷跡が残ってますよと妻に詰られたことからすると、己に都合のよい記憶にすり替わっているのかもしれない。

 人形に着せ終わったとたんに、懐かしい思いがこみ上げてきた。幼い息子や娘に、こうやって着替えさせたものだ。不覚にも涙してしまった。

「ご主人さま、申し訳ありません。不快な思いをさせましたでしょうか。服を着るというプログラムがありませんので。苦情申し立てをなさいますか。連絡先は……」

「いや、いい」

 どうにも、人形であることを忘れてしまう。どんな目的で作られたものなのか、うすうす察しがついてきたが、そうは考えたくない。というより、迷惑な話だ。あいつらのいたずら心も、今度ばかりは度が過ぎている。

「麗香さんだっけ、一つ聞きたいことがある。分からないなら、答えなくて良い」

「麗香の分かることでしら、どうぞ」

「君を頼んだ覚えがないんだけど、誰かからの贈り物なのかな」

 意地の悪い質問かと思いはしたが、聞かずにはいられない。

「そんな…淋しいです、麗香は。お忘れになられたのですか。昨年の八月に、懸賞サイトで応募していただけましたのに…」

 思いもよらぬ答えが帰ってきた。

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