第6話

 マンションに到着して、美佐は呆然としてソファーに座り込んだ。

 酷く疲れたと思うことはそんなにないが、自分のことながらどこか他人のことにように思われるほど、現実感がなかった。

 今までは明日が来ることが当たり前だと思っていたのに、数ヶ月後にはその普通が消えてなくなる日が、自分抜きでやってくる。



 事務作業を誰かに引き継ぎをして、店を処分することなども不動産の会社に頼んだ。急なことで店を通じてできた友人やお客さんには、海外に半年ほど行くと嘘をついた。心苦しいけれど、やむを得ない。自分のいなくなった後で、口々に噂になったり、誰かを悲しませることはしたくなかった。

 そのお客さんでも一番親しかった、清水さんに猫のユキのことをお願いしようと思った。

「ユキのことお願いしてもいいですか?」

「いいわよ、半年もどこへ行くの? 店まで閉めなくていいじゃない」

 美佐は、平然として返事をするために腹を括った。こんなによくしてもらい、たくさん買い物をして、質の良い中古のバッグなどを出してくれた自分より少し年上のお姉さんのような女性に嘘をつくなんてことをしたくない。

 でも、自分が死んでしまうなんて言えば、きっと……。

「オランダにしばらくいようと思います、花が好きなので。帰ってきたら連絡します」

「ええ、待っているわ。ユキちゃんのことは大丈夫よ。ずっと猫が欲しかったけど、家族に反対されていたのね。でも桐山さんの猫を半年預かるだけだと言えば誰も、いやだと言わないわ」

 ああ、清水さん。半年じゃないのです。私はその先も帰りません。ずっと帰らないのです。

「ごめんなさい。本当にすみません」

 美佐は本当に涙が出るほど申し訳なかった。いっそのこと、今、本当のことを言った方が良いのではないだろうか。

「年明けの一月には帰国するでしょう。メールしてよね」

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