第2話
私は自分で髪をセットする。
祇園の端にある、ライナー・ノーツという店に着いたら、ロッカーに置いてあるカールドライヤーで軽く巻いてアップにする。夜の蝶のできあがりとなる。
それまでは、念入りに化粧をした顔だけをひっさげてスクーターに乗って走り出す。飲酒運転? ご心配なく、飲んでいるのはいつもウーロン茶やオレンジジュースの炭酸割りだけなのと香那は一方通行の木屋町を逆から侵入する。
「おはようございます」
黒服の近藤さんが、外で酒の瓶を整理していた。もうすぐ開店、準備する時間は黒服のお兄さんたちの一番忙しい時間となる。
「みやび、駄目だって。原チャできたら。ママが酒のいっぱいも飲まないのをすごい怒っているだろう」
「だけど、帰りのタクシーは嫌いよ」実はそのチケットを金券ショップに売っている。
「チケット出るから、金はかからないだろう」
黒服の健志さんは黒いベストのボタンを留めると香那からみやびに変わった私の顔をじっと見る。
「お金、お金が欲しいのよ。だから、お願い見逃して」
「じゃあさ、今度付き合ってくれたらこの原チャリ俺のだってコトにしてやるで」
健志さんのことは嫌いじゃない。私はどんな男でも相手にできる。でも今はその時間じゃないし、健志さんとは一線を越えたくない。彼が私に気があるのは知っている。だけど、私は北口さんのオンリーなんだって分かっているから、健志さんも弥生ママだって文句一つ言えやしない。
バンスは他の子みたいに高く設定されていない。洛中病院の理事長・北口充の愛人でもある私を誰もクビにすることはできない。
「さ、早く行けよ。着替えないとママにどやされるぞ。Gパンなんかでうろうろするなよ」
「ありがとう、また隠しておいて。キーはロッカーに入れておいてね」
健志さんは白い歯を見せて手を振った、彼はタバコを吸わない。健志さんの彼女は病気で洛中病院に入院している。それは私が北口さんに相談した結果のことなので軽口を叩くが、実際に健志さんは私には絶対に手出しをしない。
次々と私の上を通り過ぎて行く男たちのことなど、いちいち覚えてなんかいられない。でも、重要なのはそこに愛があるのか、好きだとか愛しているだとか台詞じゃなく、体のぬくもりと気持ちという形のないものに現を見る。だからこそ、私という姿形を自分のものにしたい男たちが、アフターという形で私の体をもてあそぶ、でもそれも悪くない。数万円という代金を得て私はまた見た顔の男に抱かれる。それを忘れるために幸浩がいる。リセットするために私は軽く愛しているという言葉を口にして、幸浩の肩に腕を回して彼の胸に頬を寄せる。
「香那、今日はとても冷たいな。いつまでも温まらない」
「そう……少し忙しいの。海外に行く前にすることが多くて」
幸浩の部屋、幸浩のベッドの中にいるときだけは朝まで眠れる。普段のざわついた空気から解放されて無になることができることを幸浩は知らずに、香那の柔らかいところに手を伸ばす。
「もう……」
「うん、いいよ。私もいく」
ちっとも感じないし良くない。燃え上がることもないのにいったフリなどいくらでもできる。幸浩のことはきらいじゃないのにちっとも感じない。深く行為に没入できないのはいつものことだが、嘘の中でも体は敏感に感じてしまう。
「深く、もっと。強く」私の感覚にやっと火がついた。
最後は幸浩の指を強く握る、自分の中の中は痺れている。片手で幸浩の平べったい尻を強く掴む。離さないでと幸浩の耳を噛むと幸浩はより一層強く私の中で暴れ回るので私もついつい本気になってしまう。
「もう、無理……」
私が耐えきれずに幸浩の腰に脚を乗せてよりぴったりと腹部を密着させる。
私の芯が熱くなりもう何も考えられないようになってしまう。若い幸浩は私の芯を捉えて離さない。私の出す熱いものを指ですくい混ぜ返すと匂いを嗅いで言う。
「好きだ、香那のすべてが」
そう、私のすべて、根こそぎ奪って欲しい。他の男が私の中を通り過ぎて行く……。だから、あなたがすべてが洗い流して欲しいと幸浩の熱いものをすべて取り込む。
「欲しい、今」
「ああ……」
吐息ともため息ともつかない声を漏らすと私の奥に当たるものが、私の頭を痺れさせる。軽く痙攣する私の臓器。
「大丈夫? ナマで」
「うん、お薬のんでいるから」
荒い呼吸を整えると、私の髪を指からほどいて、私の中からそろりと出て行く幸浩。まだ大きさは保っているのでまた感じてしまいそうになる。
「やだ」
「だめだよ、早く洗っておいで」洗っても意味なんてないのに……。
幸浩は私に言う。妊娠することを恐れているのは彼の給料からして結婚などできないから。哀しいけれどそれが現実だ。私にはパトロンがいることを幸浩は知らないし、知ればきっと私の前から去って行くはず。
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