非日常的な同級生
結局、屋上で会ったのを最後に、鈴木は曽良の姿を見ることはなかった。
鈴木だけではない。どうやら誰一人として曽良の姿を見たものはいないようだ。もはや、校舎内は失踪騒ぎ。「神隠しにあった」だの、「王位に就くために母国に帰った」だの、まゆつばものの憶測まで飛び交う始末。
確かなのは、あの『がっかりイケメン』は卒業式をさぼったらしいということ。何のために来たんだ、と呆れてしまったが、そんなマイペースなところも彼らしいのかもしれないと納得してしまった。
――が、そうはいかないのが狩人と化した女子生徒たちだ。卒業式特有の哀愁漂う雰囲気はどこへやら。まだ曽良が校舎内にいると信じて、ひたすら捜し回っている。
当然、あの三人娘も例外ではないわけで。
「ちゃんと曽良くんから第二ボタンもらってきたんでしょうね、田中ぁ?」
教室の端でせっせと地味に帰り支度を進めていた鈴木の前に、ショートヘア三人娘が鼻の穴を広げて現れた。
リーダー格らしい圭子が、ばんと鈴木の机に手を置く。
「曽良くん、帰っちゃったかもしれないんだから。あんた、もらい忘れてたらただじゃおかないわよ!」
徹夜でもしたのか、と思ってしまうほど、目がすわっている。どんだけ必死なんだ。曽良は帰って正解だったと鈴木はしみじみ思った。
「もらい忘れたもなにも」鈴木は帰り支度の手を休め、イスから立ち上がる。「第二ボタンって、自分でもらわなきゃ意味ないんじゃないかな?」
「は……はあ?」
まさか、田中……いや、鈴木に言い返されるとは思ってもみなかったようだ。圭子は戸惑い、たじろいだ。
しかし、さすがバレー部。すかさず、隣で腕を組んで控えていた二人が、そんな圭子のフォローに回る。
「なによ、田中のくせに! 生意気よ」
「カッコつけてんじゃないわよ。きもいんですけど。今からでも、曽良くん見つけてもらってきなさいよ、田中!」
「田中田中って……」
もうたくさんだ。鈴木はぐっと拳を握りしめ、大して特徴もない瞳をぎらりと光らせた。
「田中じゃなくて、僕は――」
「田中じゃなくて、鈴木くんでしょう!?」
口から出るより先に聞こえたその言葉に、鈴木はぎょっとして振り返った。
「失礼じゃない。頼みごとしてるのに、名前を間違えるなんて」
そこに立っていたのは、学級委員のような雰囲気をまとった清純そうな少女だった。
斜めに流した前髪を押さえる水色のピン留め。華奢な肩をそっと撫でる、ストレートの黒髪。膝を見せ惜しみする校則通りのスカート丈。そして、緩やかな弧を描く眉におっとりと垂れた目。
「佐藤さん……」
そう。鈴木の週番パートナー、佐藤春香だ。
春香は鈴木の隣まで来て立ち止まると、改めて三人娘を見回した。
「ちゃんと謝って。鈴木くんに」
さっきまでの勢いはどこへら。三人娘はすっかり大人しくなって、戸惑い気味に顔を見合わせていた。
「田中が鈴木って……」とぽつりと圭子が口を開く。「知ってた?」
「まさか。え? じゃ、鈴木なわけ?」
「いつから?」
「『いつから』?」
漏れ聞こえた言葉に、鈴木は表情を雲らせた。
やがて、三人組は何らかの結論に至ったようで、遠慮がちに鈴木を見つめてきた。
「ごめん」と圭子がしおらしく頭を下げる。「私ら、全然知らなかったから」
「大変だったね。なんか、ほんとごめん」
「苗字変わっても、田中は田中だよ。いろいろ、がんばって」
哀れみの言葉が鈴木に降り注いで行く。
いや、生まれてこのかた、鈴木なんだけど。――そうつっこむことさえ憚られるほどの重い空気。勘違いされている。確実に両親の夫婦愛が疑われている。
「とりあえず、元気でね」
深入りしたくない。そんな気配をにじみだしながら、三人娘はそそくさと去って行く。
「いや、あの……両親、超ラブラブなんですけど」
そんなこと、思春期真っ只中の男子中学生が大声で言えるわけもない。必死の弁解は独り言にもならずに消え入った。
「変なの、圭子ちゃんたち」
とりあえず、一応解放されたのだ。もう彼女たちと会うこともないのだし、変な誤解も放っとけばいいだろう。
鈴木は苦笑混じりにため息ついて、春香に
「ありがとう」と振り返った。
「助かったよ」
「ほんっと鈴木くんって人が良いよね」春香は腕を組み、少し呆れたように言った。「私だったら名前間違われたら、ムッとしちゃうな」
「いやぁ……てか、クラスの皆は完全に僕のこと田中って思ってるし。仕方な――」
そこで、鈴木ははたりと言葉を切った。
いや、待て。そういえば、一人だけ居た。三年間、クラスの中で一人だけ……。
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