【後日談】 真友
先に目を覚ましたのは
少女を起こさないようにいかに腕を抜き取るか。朝から難易度の高いミッションである。
しかもすりすりと彼の胸元に顔を寄せてくるものだから、彼の心の中は大惨事に。今彼女が目覚めてしまえばお互い気まずい。
そんな男の葛藤を知らず少女はゴロンと寝返りを打って、
ほっとしたのと同時に残念な思いも胸に去来する。
無防備に眠る寝顔を、朝の光の中で見るのもなかなか良いものだった。だがなんとなく、最初で最後になるだろうという気もする。
音を立てないように寝室から出るとぱっと身支度を整え、クリーニングの引き取りに向かった。彼の願い虚しく店員は夕べと同じで、眠そうな顔の
これは地顔なんだ……! という心の叫びが店員に伝わったのか、「そういやいつもこの客はこんな顔してるな」と思い出したようで、普段の店員スマイルに落ち着いた。
クリーニングを引き取り、コンビニでぱっと朝食に良さそうな物を見繕って部屋に戻ると、寝室からもぞもぞもと彼女が起きた気配がした。目をこすりながら、ぼけぼけと起きて来た姿も中々可愛らしい。
コーヒーと、朝食のパン。ぼけぼけしていた少女はもそもそ食べているうちに徐々に覚醒していくのだが、同時にものすごい恥ずかしくなってくる。
服が透けていたのを見られたし、泣き顔も見られた、抱きしめてもらってそのまま寝た、あろうことか彼のベッドをぶんどって朝までぐっすりである。申し訳なさも相まって口数は少ない。ちらちらと、
「日夏君」
「はいっ」
「今日は学校が休みだと思うんだが、何か予定があるだろうか」
「えっと、
「なるほど」
不機嫌そうにも見え、
気まずくて早く帰りたくなったが、
「色々とありがとうございました」
「君はどうも危機感が薄いようだから、気を付けるように。みんながみんな僕のような態度が取れるわけじゃないから」
「はい……」
「宅配は必ず宅配ボックスを利用して受け取って、直接は出ないように。知らない人が来た時は居留守を使いなさい。外を出歩く時はなるべく遅くならないようにして、人気の多い道を選ぶ事。いいね?」
口うるさいほど強く言われ、少女は頷いた。
マンションの中に消えて行く彼女を見送ると、
彼の不機嫌の理由は、今朝になって送られて来た資料。国内に侵入した某国の諜報部員の一人を逮捕し、そこから判明した彼らがやろうとしている事の全貌。Aランク者を拉致し行う実験の詳細が、あまりにもおぞましく吐き気すらする内容で、彼はそれを記憶に反芻する気にさえなれない。
少女がぼんやりと、ジンベエザメのぬいぐるみを揉みしだいて過ごしていると、インターフォンが鳴った。
「早めに駅に着いちゃったから、こっちに来ちゃった。迷惑だった?」
「ううん。着替えるから待ってて」
「台風の吹き戻しがあるみたい。風が強いからスカートは辞めた方がよさそうよ」
そういう彼女も珍しく、パンツルックだった。
そして
ショッピングモールに来た二人は、最初は雑貨類を見て楽しむ。あまり飾るだけという物は買わないが、見るのは大好きだ。
「あ、そうだ。大人の男の人が喜ぶプレゼントって何かなあ」
「
「ううん、
「あなた、何やったの?」
「ええと……」
二人はテイクアウトのドリンクを持って、屋上庭園に行く。
そこで
聞き終えた
「あなたねえ、お兄ちゃんの扱い、ひどいよ?」
「迷惑かけちゃったとは思う……」
「ねえ、
「そんなことできないよぅ」
逡巡する思いに顔を曇らせた親友を見て、
「まぁ、ちょっとダメなところが好きっていう女もいるし。
「そんなにおすすめなら、
仕返しをしたつもりだったが、
「お礼のプレゼント、いいと思うわよ」
「何がいいんだろう」
「普段使い出来るもので、金銭的には手ごろな物がいいわね。消え物よりは残る物……ネクタイは毎日替えちゃうだろうし。毎日同じ物を使いがちなタイピンとかは?」
「どんなのがいいのかわかんないなあ」
「見て決めるといいんじゃない? でもそうなると……このモールだと扱ってる所が少ないわね」
少し遠くなるが、千葉区の方に良い店舗があった。
ただ、帰宅時間が遅くなる可能性はある。
「よし、いこ!」
「うん」
千葉区の大きな紳士服専門店の一画に、タイピンやカフスボタン等をまとめたコーナーがあり、二人はそこに足を向けた。
「色々あるね、これ可愛い」
「流石に、クマちゃんはダメでしょう。付けてるのを見たくはあるけど」
「これは?」
「ちょっと材質が安物過ぎるね。あの人これから偉くなりそうだし」
「うーん」
数がたくさんありすぎても結構迷うもので、ああでもないこうでもないと、二人はケースを見つめて時間を忘れて悩み続けていた。
「あっ、これ
「あらいいじゃない。品もいいし、シンプルだけど洗練されててお洒落な感じもする。四千円か……女子高生からのプレゼントとしてはちょっと高価だけど、一晩泊めてもらったなら、ビジネスホテル一泊分って事で丁度いいかも?」
裏に文字を無料で彫ってもらえるサービスもあり、少女達は考えた結果、危険な仕事での御守りになるように、小さなクローバーの絵文字だけを彫り込んでもらった。
――お兄ちゃん、なんだか肝心なところで運が悪そうだし。
と、
プレゼント用にラッピングをしてもらい、可愛い小さな紙袋に入れてもらって、
すっかり日は暮れて、周囲は真っ暗だった。
「いけない、遅くなっちゃったね」
「……今夜、
「うん、いいよ」
地方の店舗は、車を使って来店する事がメインなので、彼女達のように駅から歩いて来る客は少ない。
なんとなく後方から気配がする。それが護衛としてつけられた者の気配なのか、
「ねえ、誰かついてきてない?」
「同じ駅を使う人かしら」
街灯の下で、二人はいったん立ち止まった。
すると後の気配も立ち止まる。少女達は顔を見合わせる。
――護衛は三人。合図はライト三回点灯。
彼女はクリップフォンをライトモードに変えて、後方に点灯させた。
反応がない。
ぱっと
「早く駅に行きましょ」
「うん」
後ろの気配も駆け出した。
そして前からも。
二人は角を曲がって、挟み撃ちを避ける。
突然、
彼女の首に腕をかけ、持ちあげる大柄な男。足音がしなかった。
「あいたっ」
再度、
まだ多数の気配が、後ろから殺到してくる圧を感じた。
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