第6話 一つが集まって多数になる
あのビルの破壊は古いビルの朽ちた配管によるガス爆発、という事で処理された。
そして
暴走した超能力使用による出血は認められないが増加している脳細胞が減った訳ではなく、これからも進行は続くであろう。しかし医学は進歩する。冒険者たちは道を開き続けるのだから。
あのとんでもない科学者たちの薬がピンポイントで超能力に関わる細胞を刺激していたという事がわかり、それはそれで医学の進歩を後押しする事になるという皮肉な結果も残したが。
これを応用し、近くその脳細胞がどのように分布しているかを詳しく映像化して把握する事も出来るようになるだろう。
ベッドの上に横たわる少女の瞳に、検査室でモニターだけを確認する祖父の姿が目に入った。いつものように彼女を一瞥する事もなく、検査室を出て行こうとしている。
――おじいちゃん、大好き。
直接の情をかけてしまえば医師としての冷徹な判断が狂い、結果的にそれが回復に
不器用で、誇り高い一匹狼がここにも一人。
ついでに行われた超能力診断の結果は自身テレポート一メートル、
彼女自身の超能力の脳細胞量からいえば本気を出せばAランクに相応しい力を発揮するはずだが、彼女は「一メートルしかテレポート出来ない、二キロ以下しか動かせない」と思い込んでいるから、おそらく今後もそのランクに沿うよう無意識でコントロールして行くと思われる。彼女はとにかく超能力の使い方が器用なのだ。
検査室を出た少女を粗野な印象のラフな格好をした男が待っていた。
「お疲れ」
「何ともないって」
二人はそっと体を離して一歩程の距離を取って向き合う。
裏表のない素直な笑顔。心を読まなくても伝わって来る愛情に、彼は心から彼女を愛おしく思う。ここが病院でなければ勢い余って条例違反も法律違反もしてしまいそうだったが、彼女がちゃんと名前で呼んでくれるまでは我慢しようと思った。
彼は春日部超能力研究所に戻る事になり、これからも超能力の研究をしながら新しいリミッター開発を続け、更に進歩する超能力社会に向かう未来を作って行く。
せっかく人類が得た力である。誰かを傷つける力ではなく、幸せを作りだす力になるよう導いていけるようにしたいと思った。もちろん、そんな大仰な事を一人で出来るとは思っていない。たくさんの人が努力し、かかわっていくであろう事柄のその一助を担う一人になりたいのだ。
ライザも退院後はアメリカに戻って一からやり直すつもりという事だから、彼女もその一助を担ってくれそうだった。
「そういえば、ポチって眼鏡がいるんだよね」
「すごい近眼だ。まともに見ようと思ったら、牛乳瓶底みたいなやつがいるかな」
「じゃあ、私の顔ってちゃんと見えてないの?」
「そうだな、これぐらいの近さがいるかな」
その顔を三十センチぐらいの距離に寄せる。
少女はニコっと微笑むとそのまま自分から更に近づいて、チュッと軽い音を立てて
顔を離すとものすごく悪戯っぽい笑顔を再び見せる。
世慣れてるはずの男が頬へのキス程度で真っ赤になって、顔が熱くてどうしようもなくなってしまったという。
「私の方からだったら、犯罪にならないのかな? って」
軽く首を傾げてくるっと一周。
苦笑する男を数歩後ろに従えて、楽し気に待合室の方に向かって行く。
待合室では彼女の検査が終わるのを待っている二人がいたのだが、暖かな陽だまりの金色の光の中、待合室のベンチで真面目な公務員と親友はお互いの肩を預け合ってすやすやとうたた寝をしていた。まるで仲の良い兄妹のように。
幸せそうに眠っていたので起こすのは可哀相と思ったが、
そしてその写真を二人に送信。
「検査結果はどうだったんだ。大丈夫だったか?」
と言いながら、仕事のメッセージかなと
「ぎゃーーーーーー」
真っ赤になって立ち上がり、
「もう、なんてものを撮ってるのよぉ」
楽し気に笑い合う
病院の外に四人は出ると、
「おまえ、働きすぎは程ほどにしておけよ」
「これがなかなか、慣れるもので」
迎えの車に乗り込むと、軽く手を挙げてあっという間に行ってしまった。
「
真面目な顔で長い黒髪の少女が、男を睨みつける。
「なんだ」
「最後に
ばっと胸元に手を当てて、誇らしげに胸を張るお嬢様がそこにいた。
男は面食らった顔を思わずしてしまうが、続けて破顔。
「強力なライバルがまだいたとは」
そんな二人のやり取りに
それはまるで明日への道しるべのようだった。
人は一人では生きられない。これは頻繁に聞く言葉だ。
皆それぞれが”個”であって、
足りない部分を補い合い、
助け合いながら並んで歩み続ける。
集団の中にあって独りであり、一人でありながら群れで生きて。
孤独を感じ、はぐれる事もありながら。
一匹狼たちは今日も、伴い合って未来に向かって駆ける。
(完)
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