第40話 僕らの後日譚
物語にはささやかな後日譚がある。
沙紀は初産のわりに安産だったそうだ。
「もうね、陣痛が始まったかなと思って昼過ぎに病院に行ったのよ。そしたらね、夜ぐらいかなって言われたんだけど、その後すぐにスポンって生まれてきちゃってさ。もうなんかね、スリッパ脱ぐみたいな感じよ。先生なんか全然間に合わなくて大騒ぎでさ。もうびっくり」
電話ごしに興奮ぎみの声が響いていた。
「まあ、笑い話にできて良かったじゃないか」
それ以上にびっくりだったのが、女の子だったんだそうだ。
「あれだけ男で間違いないって言われてたのにさ。心の準備が全然よ」
「何が見えてたんだろうね」
「ホントだよね」
急に小声になる。
「ここの先生、全然当たらないよね。アミダくじとか、トランプ占いの方がましかも」
まあ、結果オーライでいいんじゃないか。
性別は予想外だったけど、名前はすぐに決まったそうだ。
それを聞いたとき、僕は『まな板に恋』という沙紀の作ったことわざを思い出した。
「沙紀の遺伝と足して二で割ってちょうどいいバランスになるんじゃないか」
「何言ってんの、あんた。『カズ君、ひどいよ』って怒られるよ」と沙紀は笑っていた。
これで当分、大知はヤマトのままだ。
退院してからもメッセージが来ていた。
『ヤマトが抱っこしてると、あの子ちっちゃくてさ、蜂蜜壺抱えた熊みたいだよ』
夜泣きをしていてもお父さんに抱っこされるとすぐに泣き止むらしい。
『でもよ、俺は夜中に起こされるわけだぜ。ま、いいけどな』
あいつも、ずいぶんいい父親になったものだ。
僕はスマホの待ち受け画面をオクラの花からしわくちゃな赤ん坊の写真に変えた。
沙紀のお腹に手を当てたときのやんちゃな感触を思い出す。
生きている証だ。
きっと元気な子に育つだろう。
ラウンジの窓から見える滑走路に青い垂直尾翼の787が降りてくる。
もうすぐ鹿児島行きの搭乗時刻だ。
僕たち二人の新しい旅立ちだ。
「お待たせ」
洗面所からもどってきた彼女が青汁のグラスを手にしていた。
「これまずいね」
そりゃそうだ。
「でも、もう一杯飲んでいこうかな」
くるりと背を向ける彼女を僕は呼び止めた。
「あ、凛」
「何?」
「僕の分も頼むよ」
空のグラスを軽く持ち上げて彼女が微笑む。
「ねえ」
ん?
「青汁を飲むと踊りたくならない?」
それは『個人の感想』というものだ。
僕の街に君がいた 君の心に僕がいた 犬上義彦 @inukamiyoshihiko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます