第35話 intermission2 君のいなくなった街で
人生には希望が必要だと思っていた。
絶望を知った人間は希望を求めてさらに絶望の淵をさまよう。
探せば探すほどその深淵にはまっていく。
希望などどこにもないからだ。
希望を捨てると人生は楽になる。
凛がいなくなっても、僕はこの街で生き続けた。
大学に通い、バイトを続け、アパートに帰って眠る。
決められたことを決められたとおりにおこなう。
そこに創造性や生産性を持ち込むことなく、淡々と生きていく。
僕を公務員系男子と呼んだのは凛だった。
前例に縛られた男今村和昭として生きていく。
希望なんていらない。そうすれば楽になる。絶望もなくなるからだ。
そうして僕は立ち直った。
抜け殻のような人間として。人当たりのいい笑顔をたたえた人間として。
鹿児島に帰るたびに沙紀には心配された。
「あんたさ、気持ち悪いよ」
僕もそう思う。でも、そうしないと生きていけないんだ。
献血は続けていた。
全血四百ミリリットルを年三回。
献血をすると、一週間くらいで血液成分の分析結果が送られてくる。簡単な健康診断みたいなものだ。
若いからというのもあるのだろうけれども、すべての項目で問題は何もなかった。
コンビニ弁当ばかり食べ続けていたのに、健康なのだ。
そもそも抜け殻に健康など意味はない。
ならば、何も考えずに生きていけばいいのだ。
希望を捨てると人生は楽になる。
僕は大学生活を続け、公務員試験を受けて地元鹿児島で職を見つけた。
伊佐市役所の職員だ。
公務員系男子が公務員になる。
凛は僕のことをよく見てくれていたのだ。
でも、もう凛はいない。
彩佳さんもいない。
僕は千葉を去った。
鹿児島県伊佐市。
過疎化の進む未来のない街。
希望を持たない僕にとって、それは最高の職場だった。
「君は我が街の希望だよ」
市長に握手を求められ、僕は東京番になった。
中央省庁との折衝や、一般企業との協力事業での連絡係として東京と鹿児島を往復する仕事を任されたのだ。
伊佐市の魅力をアピールする広報プロジェクトを東京のネットメディア企業と共同で立ち上げたり、若手として街の未来を担う役割を期待されたのだ。
「今村君、どうだい。やりがいのある仕事だろう」
僕はできるだけ朗らかに答える。
「はい、こんな仕事がしたいと思っていました」
皮肉なものだ。
希望を捨て、未来のない街に就職したはずなのに、未来を託される。
『市民の皆さん、そんなものはどこにもありません。すみやかに退去してください』
防災無線で街中の人間に教えてやりたい。
時の止まったこの街に未来などあるはずがない。
僕は魔法を知らない。
時を刻むのをやめた時計を握りしめても、針は動き出すことはないのだ。
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