第20話 僕の街に君がいる
夏休み初日。
赤点補習ではなく、大学進学者向けの講習会に出るために僕は登校した。
昼前に終わって、校門前で私服姿の二人と出会う。
「ヤキソバ・パーティーの材料買ってきたよ」
花火セットを抱えた沙紀の後ろにスーパータイヘイヨーの袋を両手にぶら下げた猫背の大知が立っている。
「荷物係ご苦労さん」
「おう、腹一杯食おうぜ」
「紅ショウガ入れすぎないでよ」
僕の冗談を沙紀が跳ね返す。
「ソースのかわりにシロップかけるから大丈夫」
「じゃあ、食べない」
「せっかくのパーティーなのに?」
沙紀が思わせぶりに片目をつむる。ウィンクはうまくならないらしい。まぶたが痙攣している。
「あんたの家でやるんだから、閉め出したらロケット花火打ち込むよ」
大知が苦笑している。まったく、人騒がせなカノジョでたいへんだな。
沙紀が大知の腕に絡みつく。
「まあ待ってるからね。今からあんたは行くところあるんでしょ。行ってらっしゃい」
二人と別れて僕は一人で歩き始めた。
沙紀が叫ぶ。
「スイカ冷やしておくからね」
柳の並木には一年前と同じように夏祭りの提灯がぶら下がっている。
相変わらず色あせてわびしげだ。
この街は一年前と何も変わらない。
道路脇の民家の庭先にプランターが並んでいる。大きな葉に隠れるようにオクラの花が咲いている。
僕はスマホでオクラを検索した。
花言葉は『恋の病』。
たいへんだ。不治の病だ。
今まで気がつかなかった。ホント鈍感だな、僕は。
一年前、彼女を出迎えたバス停に僕は立っていた。
あの時は横から声をかけられて驚いたけど、今はぐるりと見回したところで誰もいない。
真夏の太陽にあぶられて昔の記憶と今の風景が曖昧になる。
あれは全部幻だったんじゃないか。
そんな気もしてくる。
バスが来た。
僕の目の前に止まる。
ドアが開き、水色のワンピースを着た女の子が降りてくる。
去年と違って白い帽子をかぶっている。
僕はその値段を知っている。
「ただいま」
「おかえり、彩佳」
僕の街に君がいる。
僕たちの夏はまた始まったばかりだ。
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