第17話 夏の終わり

 始業式は八月三十日だ。

 夏休みの課題を提出して、実力試験を受けた。結果はまあ、それなりだろう。

 掃除の時間、サボってベランダに出ていると、モップを持った沙紀が隣に立った。

 山の上にわき上がる雲は変わらないけど、セミの鳴き声の種類が変わっていた。

 もう、あの夏は戻らない。

 沙紀もしばらく何も言わずに景色を眺めていた。

 僕がため息をつくと、ふふっと微笑みながらやっと口を開いた。

「本当はあたし、全部知ってたんだ。あの子がうちに来た日の夜、二人で話しててさ。初日にもう全部聞いてたんだよね」

 ゴメンと沙紀がつぶやいた。

「ほら、女子って恋バナ好きじゃん」

「うん、知ってる」

「応援してるよなんて言ってごめんね」

「実際、応援してくれてたじゃん」

 沙紀が静かにうなずく。

「あの子、ずっとあんたのことばかり話してたよ。嫌われたくないって後悔してた。あの子が自分で言うって言ってたからずっと黙ってた。ごめんね」

 ちゃんと約束を守るところが沙紀らしい。

「つらかったら泣いてもいいんだぞ。なんならあたしの胸貸そうか」

「うちにプリックマのふんわりクッション二つあるからいいよ」

「つまらん男だな」

「それにさ」

 僕は沙紀から顔を背けて続けた。

「もう、大知のものだし」

 モップで尻をつつかれた。

「まだ何もしてないし」

「そういうこと言うなよ。生々しいから」

「あんたが言ったんでしょうが」

 しばらく無言が続いたので、沙紀の方を向くと、おでこに汗をにじませながらニヤけていた。

「なんだよ、その顔」

「あんたさ、あの晩、チューぐらいしたの?」

 僕が首を振ると、グーで思い切り背中を叩かれた。思わず咳が出る。

「ま、あんたらしくて悪くないかも」

 モップの柄で優しく脇腹をつつかれる。

「まったく、薩摩隼人の名折れだね」

「茨城生まれだからね。産地偽装です」

「謝罪会見しなきゃ」

「このたびはヘタレ男子がご迷惑をおかけしました」

 二人で笑いあう。

 いろいろなことがあった。いろんな事が慌ただしく駆け抜けていった。

 それを全部受け止めて、こんなふうにお互いに笑いあえるようになるにはまだ時間がかかるんだろうか。

 時間が解決してくれるんだろうか。

 僕には分からない。

 夏休み前にはあんな夏休みが来るなんて知らなかったように、今の僕にはこれからのことなんか何も分からない。

「おう、なんだ、二人でサボってるのか」

 大知が窓から顔を出す。

「はいはい、やりますよ」

 沙紀が教室に入る。僕はまた一人ベランダに残って手すりにもたれかかって校庭を眺めていた。

「カズアキ」

 振り向くと沙紀が窓から顔を出していた。

 何だよ、掃除するんじゃないのかよ。

「あいつ、毎朝ほっぺにチューしてくれるよ。うらやましいだろ」

「へえ、でもそこまでなんだ」

「無事に一緒に二年生になるまで封印だって」

「先は長いね」

「あいつオバカだからけっこう切実なのよ。バツイチだし」

「その言い方やめろよ。意味が違うだろ」

 沙紀が舌を出して掃除に戻っていった。

 うらやましいよ、おまえら。

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