We wish you a Merry Christmas.

「ま、憶測だし、その『誰か』ってのが誰なのかまでは分かんないんだけどねー」

 決まりが悪そうにあはは、と笑う高橋を見ながら、俺は感嘆と少しの罪悪感を持て余していた。


 実は、俺は最初からこの一件の真相を知っていた。もちろん、マチ子にとっての『誰か』が誰なのか、も。

 なぜならマチ子はうちの店の常連で、それなりに会話を交わしたことがあったからだ。だから、「良かった」の後、なぜ「良かった」なのか訊けたのだ。



 *****



 普段はレタスのサンドイッチとツナマヨのおにぎり、それと貼らないタイプのカイロしか買わないはずの彼女は、なぜかその日だけカツサンドと貼るカイロをカウンターに置いた。


 黙って商品をレジに通す。すると、カウンターに頬杖をついて、店外に目をやっていた彼女は甘ったるい声で話し始めた。

 店でしか彼女と会ったことはないが、彼女は女子高生特有の自信がよく表れている子だった。


「明日、雪降るって言ってましたよね」

「あー、天気予報で言ってましたね」

「良かった」

「良かった?」

 つい訊き返すと、彼女はややこちらに身を乗り出した。それから、口元を軽く曲げた掌で隠すようにしながら、

「……ここだけの話、実は私、好きな人いるんですよ」

「え」

 好きな人。

 思わず、そのワードに反応してしまい、頭をブンブン横に振る。


 そんな俺の様子には気にも留めず、彼女は続ける。

「その人、自転車通学だから、普段は登校一緒にできないんですよ。下校は、そもそも部活の終了時間違うから無理だし。

 でも、明日雪降ったら、徒歩で通学するじゃないですか」

「ああ、そうですね」

「すると、あら不思議。一緒に登校できちゃうんです!」

 途端、ぱっと両手を広げて嬉しそうに笑う彼女。

 しかし、すぐさまその笑顔は萎れてしまった。


「その人とは文化祭の実行委員で一緒だっただけで、他に関わり一切ないんですよー。学年も違うし、連絡先も知らない。

 多分、相手も私から恋されてるなんて知らないと思います。下手したら眼中にもないかも。だから、校内で普通に話しかけるのは、ちょっと勇気が要るんです」

 さっきまでの自信はどこへやら、彼女の声は少し震えていた。


 こういう子の気持ちを歌った歌がどこかにあったような気がする。

 そんなことを考えていると、彼女は殊勝に笑ってみせた。


「でも、登校中にたまたま見かけたから声掛けましたってシチュエーションなら、話しかけられるかなって。変じゃないかなって。

 頑張って連絡先聞き出そうと思ってます」


 そこまで言った後、彼女はまだあどけなさの残る顔で力強く笑った。

「私、雪が降るのは待っても、春が来るのは待ちません」


 それを聞いて、彼女が月の異称の話をしているのだと、すぐ気がついた。

 陰暦12月の異称は「春待月」。

 でも、彼女は待っていられなくて、自分で迎えに行くというのだ。


 なんて無鉄砲で、眩しいのだろう。


 と、彼女は不意に俺の目を覗き込んできた。

「だから、お兄さんも好きな人いるなら、勇気出して、特攻してみるのもアリだと思いますよ」

「えっ」

 途端、耳がかっと熱くなった。


「さっき『好きな人』って言った時、すっごい反応してたから『そうかなー』って思ってたんですけど……図星みたいですね」

「えっ、あの」

 目的もないまま情けなく伸ばされた俺の手をひらりとかわすと、彼女は右手にカツサンドとカイロを持って、ひらりと左手を振った。


「じゃあ、お兄さん。メリークリスマース。って、まだイヴか」

 入り口まで追いかけたけれど、彼女はたったか走っていってしまった。



 *****



 正直なところ、今日高橋にこの話をしたのは、とある目的の前置きのためだった。


 ちょうど目の前で信号が赤に変わり、2人揃って足を止める。

 言うなら、今だ。


「あの、さ」

 高橋の方に向き直る。


「んー?」

「あ、明日。空いてたりしないか?」


 高橋はきょとんと首を傾げた。

「明日?」

 しかし、みるみるうちに顔が曇っていく。

 そして、発されたのは。

「あー……ごめん」


 一瞬、時が止まった気がした。

 次いで、「なぜ、いけると思ったのだろう」という疑問が溢れ出てくる。


 きっと恋人がいて、その人とクリスマスを過ごすのだろう。


 ぎゅっと唇を噛んだその時。思いがけない言葉が飛んできた。

「明日は一日中ごろごろするって、ずっと前から決めてたから、そのー、ごめん。明日は無理!」

「……え?」

「明日から冬休みでしょ? 冬休みの初日は絶対に家でごろごろするって決めてたんだ。レポートもないし」

「……そうか」


 そうだ。高橋はこういうやつだった。

 自分の誕生日さえ忘れるようなやつだ。クリスマスに特別な意味なんて持ってないに違いない。


 いや、でもどちらにしろ、俺よりごろごろする方が優先順位が高かった事実に変わりはない。


 なんとも複雑な気持ちでため息をつくと、何を思ったか、高橋が急に慌てふためき始めた。

「えっ、うそ。なんか大事な用事だった? 絶対明日じゃなきゃダメ? 26とかじゃダメなの? 27は? 28は?」

「いや、その」

「12月中は無理そうな感じ? 1月の初日は?」

「正月?」


 思いがけないワードに顔を上げると、高橋は軽く頷いた。

「そう。私、暇だし。ダメ? ……ってお正月はなんか用事あるよね。ごめん」


 その途端、俺の脳内で「We wish you a Merry Christmas」が再生される。


 We wish you a Merry Christmas.

 We wish you a Merry Christmas.

 We wish you a Merry Christmas and a happy new year.


 まあ、海外では正月とクリスマスは同じような扱いとかなんとか言うし、これはこれでアリかもしれない。


「……いや、大丈夫。初詣とか行こうぜ」

 そう言うと、高橋は随分嬉しそうに笑った。

「うん!」


 これだから、俺の片思いは成就しないのかもしれない。

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雪待ちの人 久米坂律 @iscream

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