PM 06:59
「と、すると。その女子高生は、最初っから霙まじりの雪を想定してたってことになるよね」
「おう」
考えてみるが、いかんせん情報が少ない。
横にいる立石を見上げる。
「他に手がかりになりそうなものってないの?」
しばらくの間、立石は唸っていたが、やがて口を開いた。
「その女子高生さ……って、いちいち『その女子高生』って言うのめんどいな。なんか名前付けるか」
「んー、雪が降るのを楽しみにしてるから……」
「あっ、マチ子! 雪が降るのを待ってるから、マチ子は?」
「おー! それいいね! 真知子巻きっぽい!」
「真知子巻き?」
「え、うそ、知らないの?」
立石に静かに頷かれてしまい、私は少しショックを受けた。
私の傷心は全然関係ないので、一旦仕切り直し。
「で、なんの話してたっけ」
「他の手がかりの話だろ。
マチ子、肩からヴァイオリンのケースみたいなやつ下げてたから、多分オーケストラ部の生徒だと思う」
「へえ」
東桜台にはオケ部なんてあるのか。さすが私立。
私が通っていたオンボロ県立とは格が違う。
「あー、あと」と言って、立石はさらに付け足す。
「マチ子は月水金の夜10時半ぐらいに、いっつもうちの店に来る。多分、塾の帰りに寄ってるっぽい」
確か、コンビニの近くに
「買っていくのはパンとかおにぎりが多いから、次の日の朝飯買いに来てるみたいだな」
「他には?」
「他……リボンの色が赤だったから、多分一年生」
これ以上の情報は特に出てこなかった。
早くも手詰まりの予感がするが、認めたくなくて、勢いに任せて喋る。
「うーん、雪が降ったら何が起こるか、を考えるのが手っ取り早いよね」
「何が起こる……寒い、とか?」
「いやー、でも今日取り立てて寒かった感じはしなかったけど」
寒いことは寒いけれど、昨日や一昨日とそれほど気温が変わった気はしない。
立石も悔しげに頷いた。
「確かに。天気予報でも言ってたもんな。雪は降るけど、前日とそれほど気温は変わらんって」
「うん。雪降るって情報を天気予報で知ったんなら、そのタイミングで気温がそこまで変わらないってことも知るだろうし、気温は関係ない気がする。
それに、どっちにせよ、寒くなるなら、むしろ雪降るな! って思いそうだけど」
「んー……」
そのまま2人で唸りながら歩いていた、その時だった。
急に靴の裏がつるっと嫌な音を立てた。かと思うと、すぐさま地面を踏む感覚がなくなる。
「え」
「あ、滑った」と思ったが、時すでに遅し。
そのまま私は地面に激突し……なかった。
体は大きく傾いているが、痛くはない。代わりに、視界には重たく曇った空と、焦った立石の顔。
一拍遅れて、立石が支えてくれたのだと気づいた。
「っぶなー」
ふー、と疲れたように息をついた立石は、地面とほぼ平行になっている私の上半身を、垂直に戻してくれる。
「ありがと」
「いいえー。でも、気を付けろよ」
立石はへらりと笑って手を振ったが、すぐさま子供を注意するような顔つきになった。
確かに一歩間違えれば大怪我だった。しかし、これで大事なことに気づけた。
私は自信満々に告げる。
「今ので分かった。雪が降ると、転びやすくなる!」
「おい、高橋。せめて反省してる素振りぐらいは見せてくれ」
「ごめんなさい」
「あと、転びやすいって、メリットでもなんでもないぞ」
「すみません」
「あと、
「ありがとうございます」
こうして、私の数日分の食料は立石の手に渡った。
もし、今日立石と会っていたなかったら、私はとんでもないことになっていたかもしれない。
私はただひたすら運の巡り合わせに感謝した。
しかし、感謝したところで情報は足りない。
歩き出しつつ、もう一度問いかける。
「んー、他に手がかりってない?」
「手がかりつってもなー」
眉根を寄せて唸る立石だったが、少しして「あ」と声を上げた。
「貼るカイロ買ってた」
「貼るカイロ?」
「いっつも夜の10時半ぐらいに来て、次の日の朝飯買っていくって言ったろ?」
一つ頷く。
「で、12月入ったぐらいから、カイロも一緒に買うようになったんだよ。でも、こう、手で持つタイプっていうの? 貼るタイプは買ってなかったのに、昨日だけ貼るカイロ買ってたんだよ」
「次の日寒くなるのを見越してたんじゃない?」
「次の日って、要するに今日のことだろ? さっきも話出たけど、今日は取り立てて寒かったわけじゃないし、マチ子も特別寒くならないってことは知ってたはず。急に貼るカイロ買うのは変じゃないか?」
言われてみればそんな気もする。いや、まだ状況はあるはずだ。
「次の日、体育があって、屋外競技だったとか。それか、部活が屋外とか」
「雪が降ったら、屋外では体育しないだろ。あと、マチ子はオケ部だ。
東桜台は私立だから、暖房設備もしっかりしてるだろうし、貼るカイロ買う理由にはなんないだろ」
そこまで聞いて、思わず苦々しく顔を歪めてしまった。八方塞がりだ。もしくは詰み。
ちなみに詰みと言い換えた理由は特にない。
もう一度唸っていると、ふいに立石の言葉が脳裏を掠めた。
——それに今日だって、本当は自転車で図書館行くつもりだったけど、地面凍ってるから歩きに変えたし。
それから、さっきまで荷物が食い込んでいて、赤くなっている右手を見つめる。
……もしかして。
「ねえ、立石。マチ子は歩きでコンビニに来てた?」
「え?」
唐突な問いに立石は怪訝そうな顔をする。が、ちゃんと思い出してくれるようだ。
右斜め上辺りを見上げながら、
「んーと……多分、歩きだったと思う。夜も遅かったし、外まで見送りに出たんだけど、歩いて帰ってた。自転車とかは置いてなかったと思う」
……なるほど。
「もしかしたら、マチ子は誰かと一緒に登校したかったのかも」
言うと、立石が丸く目を見開いて、バッとこっちを振り返った。
「え、なに」
「あー、いや。急に話飛んだなと思って。どっから、そういう話になったんだ?」
問われて、頭の中を軽く整理する。
唇を湿らせてから、話し始めた。
「ええと、まず。立石の言ってたことを思い出したんだよね」
「と言いますと?」
「ほら、自転車乗るつもりだったけどやめたってやつ。でも、そのおかげで、今こうして立石に荷物持ってもらえてるでしょ。こけそうなところも助けてもらったし。立石いなかったら、今頃私、笑いものになってたよ」
そういうと、立石は少し照れ臭そうに無愛想な面を作ると、頭を掻きながらそっぽを向いた。
「……それはどーも」
「で、もしかしたら、マチ子も似たようなこと考えたんじゃないかなって思って」
そこで一旦息を
「雪が降って地面が凍れば、普段は自転車で通学してる人も徒歩通学になる。そうすれば、その人と一緒に登校できるかもって考えたのかなって」
「さっきマチ子が歩きでコンビニ来たか訊いたのって、これ?」
「うん。ヴァイオリン持ったままってことは、学校から直接塾に行って、そこからコンビニに来たってこと。且つ、コンビニに歩きで来たなら、マチ子の通学手段は徒歩ってことになる」
もし、マチ子が自転車通学だったら、この推論は違っていたかもしれない。
自転車通学と、誰かに会って一緒に通学することを天秤にかけた場合、普通は自転車通学の方に傾くからだ。
いくら誰かと一緒に通学したくても、普段自転車で行っている道のりを歩かされるというのはキツいものがある。
しかし、元から徒歩なら、天秤は誰かと一緒に通学することの方に傾くはずだ。
「ちなみに、何で登校だけ? 下校の可能性は?」
「部活もあるし、時間合わせにくいかなって思って。確率的に登校の方が高そうだと思う」
「はー、なるほど」と頭の後ろで手を組む立石をちらと見てから、また続ける。
「貼るカイロを買った理由も、これなら説明が付くんじゃないかな」
「え?」
「マチ子は、普段自転車通学の相手がどのタイミングで登校するか分からなかった。だから、待ち伏せするつもりだった」
そこまで言うと、後は立石が引き継いだ。
「あー、待ち伏せでいつもより外にいる時間が長くなるかもしれないから、防寒対策を手厚くしたってことか」
「ま、憶測だし、その『誰か』ってのが誰なのかまでは分かんないんだけどねー」
私は決まり悪さを隠すように、少しだけ笑った。
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