第7話 ラステルの剣筋
「どこへ、いくのですか?」
「この近くに、道場があるの。いつも良くしてくれるの」
繁華街の外れにくると、「
「やあぁ!」
「だあぁ!」
カンッ、カッ。バターン、ドガトガッ。ドォン。
門弟たちが稽古に励んでいるのだろう。
奥の方から、木刀がぶつかる音や大きな掛け声が聞こえてくる。
「ここよ。こんにちわー」
スピカが玄関口から声をかけた途端、道場のなかは水を打ったように静かになった。
「こんにちわー。お邪魔しまーす」
返事もないのに、勝手に道場へ入ろうとするスピカ。
すると、奥の方から熊のようなナリをした大男が、ドスドスと足音を立てて姿を見せた。
「おわっ!? テメ、今日は仲間とネコなんざ引き連れて、何しに来やがった?」
(……ねぇ、いったい、なにをしたの?)
「ちょっと、道場貸して。ね?」
スピカは、可愛らしく首をこてりと傾けて微笑んだ。
普通のニンゲンの男性なら、きっと真っ赤になって「はいぃ! よろこんで」などと答えそうな笑顔だ。
けれども、その笑顔を見た男は、サーっと青ざめた。
(……ホント、なにしたの!? スピカ)
熊のような厳つい大男が、こんなに青ざめるなんてただ事じゃない。きっと、道場破りまがいのコトでもしでかしたに違いない。
「あ、スピカさん! お久しぶりです」
男の後ろから、金髪の少年がぴょこっと顔を出して挨拶した。スピカは、少年ににこりと笑顔を向ける
「あら、ジェイク。久しぶりね。今日は、剣のお稽古に来たの」
「ま、待て、待て、ちょっと待て」
男はボクたちに手のひらを見せながら、首を左右に振った。
「ん? どうしたの?」
「いや、ホラ、なんだ。今日は、オレも門弟共も腹の調子が悪くてなァ。昨日、みんなで、変なモン食ったみてぇだ。つーワケで、当道場は本日休業だ」
「え? 皆さん絶好調ですよ?」
ジェイク少年は、怪訝そうに男を見て言った。
「バ、バカ! テメーは、黙ってろ」
「痛っ!」
男は、慌てたように怒鳴ってジェイク少年の頭に拳骨を落とした。
涙目のジェイク少年は頭を抱えて、しゃがみ込んでいる。
「う~ん。今日は、あなた達とお稽古するつもりはなくて、このコに相手してもらうつもりなの。ごめんね」
そう言ってスピカは、ラステルの方を見た。
男はきょとんとした顔で、スピカとラステルを交互に見ている。
そして、しばらく宙を見ながらなにやら思案顔をすると、スピカをちらりと見て言った。
「あん? そ、そういうことなら仕方がねェ。オレらは休憩するから、その間好きなように使っていいぜ」
そう言うと男は、背を向けて奥へと入って行った。
奥の方で「よーし、休憩だ」と、指示している。
ボクたちは、ジェイク少年の案内で道場のなかに入った。
すると門弟たちの視線が、ふたりに向けられた。
道場自体は、特段、狭くもなく、広くもない。
だが、大変汗臭い。
「こちらをお使い下さい」
ジェイク少年が、木刀をスピカとラステルに渡した。
「ありがと、ジェイク。さ、始めましょ」
そう言うと、スピカは木刀を
「お願いします」
ラステルも、
(ほわぁ。なんか、ワクワクするよ。しっぽが、くねくねするよ)
ふたりの間に、チリチリとした空気が漂う。
ラステルは、スピカとの間合いを計りつつ、左右にジリジリと動いてスピカの出方をうかがう。
けれどもスピカは、ラステルを正面に捉えながら、最初の立ち位置から全く移動していない。
ラステルがもちかけた駆け引きにも乗らない。
(……ふむ。ラステルも決して弱くないね)
目を細めて、すこし口角を上げたスピカ。
剣先をセキレイの尾のようにぴこぴこ動かす。
その動きに、びくっと反応するラステル。
スピカの剣先が上下する度に、びくっと反応していた。
(……駆け引きは、スピカの勝ちってトコだね)
とうとう、ラステルが動いた。
動かされた、我慢できなくなった、というべきだろうか。
その刹那、スピカは腰を落とし姿勢を低くしてラステルの懐に飛び込む。
床を蹴る音。ほぼ同時に聞こえる鈍い打撃音。
スピカの剣が、ラステルの胴を薙いでいた。
「うぐっ」
ラステルはお腹を押さえながら、スピカを睨んでいた。
「もう一回!」
スピカが、微笑みを浮かべて頷く。
ラステルは、ふたたび
対するスピカも
ラステルは一直線に、スピカに向かって飛び込む。
振りかぶって、スピカの面を狙っている。
スピカはラステルの打ち込みを受け流して、ひらりとラステルの背後を取ろうとした。
それに気づいたラステルが、即座に振り返って後方に飛ぶ。スピカとの間合いを取ろうとしたようだ。
しかし、それを許すスピカではない。
上段に構えて、一気に間合いを詰める。
ラステルの手元に打ち込まれるスピカの剣。
乾いた打撃音とともに、ラステルの剣は打ち落とされた。
「まだです。まだ、やれます!」
その後、ラステルは幾度となくスピカに向かっていった。
どう控えめに言っても、まるで相手にならなかった。
挑んだ数だけ、ラステルは打ち負かされた。
まぁ、分かっていたコトだ。
座り込んだまま肩で息をするラステル。その顔をスピカは覗き込んだ。
「ありがと、楽しかったわ。あなたの剣は、とてもキレイね。お貴族様の剣みたい」
微笑みを浮かべて、ラステルにそう囁いた。
ラステルは、はっと息を飲んで、スピカから視線を外していた。
ラステルの剣筋は、平民だった者のそれではなかった。
粗っぽさというか、我流で剣を振ってきた者のようなクセもない。
それなりの者から、手ほどきを受けたような剣筋だった。
「お疲れ様です。良い見取り稽古ができました」
駆け寄ってきたジェイク少年は、ふたりを交互に見て言った。
「ふふっ。お粗末様でした」
スピカは、ジェイク少年に微笑みを向けた。
ふたりのやり取りをよそに、ラステルは無言で立ち上がった。そして道場の出入口の方へと歩き出した。
「ちょっと、ドコいくの?」
「……」
ラステルが、背中を丸め肩を落として道場から出て行く。
その後ろ姿を見ながら、
「う~ん、やり過ぎちゃった?」
と言って、スピカがボクの方を見た。ボクは首を左右に振る。
(いや、彼女にとって良い経験になったと思うよ)
そして、とてとてっとラステルの背中を追いかけた。
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